夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「はははは、この世の中にミイラ男なんていませんよ。私の場合声帯が潰れているので、声はスピーカー
から出ています。だから唇を動かさない発声もどうという事はありません」
チャーリーはまだ、サンダーの偽名で押し通している。
『やれるところまでやっておこう。ばれたらその時はその時だ!』
そう考えて何とか誤魔化したのである。
「ふうむ、一応理屈は通っていますが、まだ納得しかねますね。何しろ三人もの犠牲者が出たんですから
ね。簡単に帰れるとは思わないで下さい。それと私はまだ貴方の素顔を見ていません。どうして見せられ
ないのですか?」
ベテランの刑事は徐々にチャーリーを追い詰めて来ていた。
「悪いのですが、感染症の恐れがありますから、これ以上は包帯を取りたくありません。機内でもそう言っ
て抵抗したのですが、強引な人が多くて困った挙句、仕方無しに見せたのです。
私の顔は見世物ではありませんので、お断りすると言っているのです。先ほども言いましたが感染症に
なった場合には、貴方にも責任を取って頂きますよ。相当高価な薬が必要なので、最低でも一万ドルは
掛りますよ。手術になったらその十倍から百倍の料金が掛る。
その場合、刑事さんにも分担して支払って頂くことになりますが、それだけの覚悟はおありなのですか?
それでも良ければお見せしますよ」
チャーリーは逆に脅す感じになった。
「う、ううむ、まあ、見なくても良いでしょう。しかしだからと言って貴方の罪が消えた訳ではありませんよ。そ
れはお分かりですね?」
さすがにベテラン刑事だけある。チャーリーの話はまんざら嘘では無さそうだと思って、慎重に対処した
のである。
『ふう、やれやれ、この刑事さんは話が分かるじゃないか。皆がこうだとあんな事件は起こらなかったのに
ねえ』
チャーリーは噂が人を殺したのだと感じている。
その頃、アメリカ空軍は密かに動いていた。チャーリー一行は、遅くても前日の深夜位までには元ゴール
ドマン教授の研究所に戻っていなければならなかったのである。
それが翌日の朝になっても帰って来なかったので、かなりの騒ぎになっていた。事件の全容はハルクと
正美の連絡から掴んでいたが、違法とも言える警察の強引な取り調べに対して、クレームをつけるかどうか
の会議が開かれていたのである。
翌朝午前九時になって、やっとチャーリー一行は解放されたのだった。背景はアメリカ空軍からの強力
な圧力だった。
本来ならば大統領が圧力を掛ける筈のものなのだが、人気取りに忙しい彼は不人気になることを恐れて、
チャーリーの早期解放を強く要求する連中に加担しなかったのである。
勿論表向きには有力な弁護士の働きという事になっていたし、実際弁護士が動いたことも事実だった。
警察は渋々解放したのであるが、後になって、彼がチャーリー・クラストファーだと知って大いに驚いたの
である。
『余り頑張り過ぎなくて良かったよ。それにしてもあれがサイボーグのチャーリー・クラストファー? 一部に
は殺人鬼の様に言う者達も居るのにねえ。
実際は何の事も無い、中々の紳士じゃないか。ああ、サイボーグだから口を動かさずに声が出せたんだ。
これで謎が解けたな』
オーランドの警察当局の者達は、概(おおむ)ねその様な感想を持ったようである。
「いや、有り難う御座います。ケッペル先生が直々にお迎え下さるとはね」
助手席に座ったハルクは安心して言ったのだった。
「なあにね、私もたまには運転しないとねえ。しかしスーパーハイウェイは少々苦手でね。通常の道を走ら
せて貰いますよ」
ケッペルが普通道を通ったお陰で、五時間ほども掛ったが、それには色々な訳があった。
ハルクの必死の願いで、ケッペル先生が一肌脱いだとは当事者以外誰も気が付かない事だった。その
他には相変わらずの過激なSWX教団がチャーリーを狙っているという情報があったからである。
ケッペルはその地域の道路事情に詳しいので、あえて彼が運転したのだし、またハルクの車は別人が、
わざと顔を包帯で巻いて、スーパーハイウェイを意味も無くひたすら走って、カムフラージュしたのだった。
無論、ケッペルの車は中の見え難いかなり黒いスモークの掛ったガラスを使った車だった。しかも全員
何らかの変装をしていた。
特にチャーリーの包帯は目立つので、深々と帽子を被り真っ黒のサングラスに更には大きなマスクまで
して車に乗っていたのである。
その様な格好の一行を乗せた車は、ケッペルが一般的には分かり難い道を好んで選んで走らせたの
である。しかも後続の二台はアメリカ空軍関係者が多数乗っている乗用車だった。
用心に用心を重ねて走っていた甲斐があってか、車は無事に研究所に到着した。その報告を受けた
包帯男の乗ったハルクの車はスーパーハイウェイから姿を消した。
偽の包帯男はパーキングエリアのトイレで包帯を解き、普通の男になったし、そこで仲間に迎えに来て
貰って一緒にその場を離れたので、忽然と消えたかの様に思われたのである。彼の乗ったハルクの車は
後で仲間が引き取りに来る予定だった。
その用心は無駄にはならなかった。それから数十分後ハルクの車は爆発炎上したのである。恐らく誰か
が無人になった車に時限発火装置を仕掛けたのであろう。SWX教団の仕業かどうかは良く分からなかった。
「着いたそうそう急ぐ様で申し訳ないが、先ず例によって手術の為の全身の洗浄をお願いしたい。何しろ
時間がありませんのでね。
だったらヘリコプターを使えと言うかも知れませんが、我々は目立つことは出来るだけ避けたかったので
すよ。何かとマスコミも煩いですからね」
ケッペルは手術の担当者ではないが、関係者と言う事で全面的に協力することにしていたのである。
チャーリーの全身の洗浄は主に正美が担当した。その他に数名の女性看護師が手伝ったが、彼の顔を
直視出来たのは正美だけだった。それだけ深く愛していたのであろう。
「本当に忙しくて申し訳ないわね。直ぐに手術室に行って貰うわよ。はあ、当分お別れね。ああ、貴方との
セックス、一生忘れないわよ。じゃあ……」
ベットに横たわるチャーリーに正美は涙ぐみながら別れを告げた。車付きのベットで手術室に運ばれる
と待っていた十人ほどのスタッフは一斉に作業に取り掛かった。その中に勿論正美も加わったのである。
元々痛みはごく僅かしかないので特に麻酔の必要も無く、脳波に乱れが無いかどうかだけをチェックし
ながらチャーリーの体は少しずつ脳から切り離されて行く。
脳は生きているので、常に新鮮な血液を送る必要がある。初期の頃は兎に角、現在の様にしっかりと
体と神経と脳とが結合している場合は、急に切り離す事は出来ない。全面的に取り替える今回の手術の
場合は切り離すだけでも一ヶ月は掛るのである。
チャーリーにとっては長い長い夢だけの日々が始まった。その前に、今日の慌しい一日のうち、車の中
での出来事を思い出していた。来た時と同様、正美は後部座席の右に座り、チャーリーは左に座っていた。
『もういい加減教えてくれても良いだろう? 今度の手術の全容について』
『そうねえ、時間もあることだし、説明致しましょう。先ず、チャーリー・クラストファーとはお別れになるわよ』
『へえ、そうなんだ。よく大統領が許したね』
『彼は貴方を見限ったのよ。SWX教団を敵に回す事になったのでは割に合わないと思ったのでしょうね』
正美の顔には軽蔑の表情が浮かんだ。
『で、誰になるんだ? 人種は? 目の色とか髪の色は?』
『はい、そこが今回のポイントなのよ。シュナイダー博士の意向もあって、高度に混血の進んだ複合人種と
言う事になるわね。犬や猫で言えば、雑種ね』
『へえ、雑種ねえ。髪の色は? それと目の色は?』
『髪も目も黒よ。顔立ちは黒人に近いわね。でも肌の色は純白よ。ちょっと変な気もするけど、全ての人種
の統合体にする予定なのよ。一種の理想形ね、でも何だかやっぱり変かも知れないわね、うふふふふ』
正美は吹き出し加減に笑ったのだった。
『おいおい、人の顔を想像して笑うなよ。そういう者になる俺の身にもなってくれよな』
『あははは、御免なさい。でもね、一つだけすばらしい事があるわよ。いいえ、二つかしらね』
『はあ? それはどういうことだ?』
『顔立ちがとても精悍なのよ。イケメンで尚且つ精悍なんだから、もてるわよ。そうそう、それと身体つきは
筋肉質でしかもあそこも大きくて立派になるわよ。
だけどけっして大き過ぎないわよ。それで良いでしょう? もし嫌だったら今の内に言って置けば良いわ。
もう殆ど決っているけど、若干の変更にだったら応じられますからね』
正美はまるで衣装でも作るかの様な言い方をした。
『いや、変更はしない。まあ、この際、正美の言う通りにするよ。まあ、一応アレした仲だしね』
チャーリーは諦めた感じで言った。
『もう、そんなにすねないでよ。大丈夫、キッチリ私好みにしてありますから。私好みと言う事は、貴方好み
でもある筈ですからね。ただ、名前は今回は決めてないのよ。
サンダー、いいえ、もうチャーリーで良いわね。チャーリー、貴方が自由に決めて良いわよ。目覚めの後
でね。それとも今決めておきます?』
正美の言葉はチャーリーには意外だった。
『はははは、そんな事を急に言われても直ぐには思いつかないよ。まあ、手術中にじっくり考えさせて貰うよ』
そうは言ったが、早速困り始めていた。
『名前か。しかし外見に相応しくないとねえ。うーん、中々難しい。やっぱり決めるとしても、目覚めて自分の
姿を鏡に映して見てからだろうな』
考え始めて直ぐ諦めたのである。