夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「私達は最悪のシナリオを想定すべきです。さっき言った事が現実になりましたら、地上の生物も海中の生
物も、無論空を飛んでいる鳥や昆虫の類も全滅と言って良いでしょう。
いや、まあ、一部の昆虫や植物は卵や種子の形で生き残る可能性はありますが、それは我々人間には
余り関係の無いことです。人類が死滅した後のことまでは考えるに及びません」
テレビに出演している何処かの大学教授が重々しく言った。彼は更に言葉を続ける。
「残された場所は宇宙か、または地下深くに限られます。しかし、先ず、一般的に宇宙は無理でしょう。世界
的な大富豪達の中には既に宇宙に逃れた者もあると聞き及んでおります。
莫大な費用を掛けて、続々と宇宙への逃亡の予定が組まれておりますが、それが可能なのはせいぜい
数百人程度。
私も含めて殆どの人類は宇宙への脱出は不可能です。残された場所は、そう、地下あるのみです。それ
もかなり深くなくてはいけません。
風速百メートルの突風や百メートルを超える大津波では数メートルから数十メートル程度の地下では簡
単に粉砕されてしまいます。
地下は百メートル以上の大深度である必要があるのです。実は現在、極秘に全世界でその様な地下シェ
ルターが作られております」
大学教授の顔はしかし一段と険しくなった。
「アメリカでも最終的には数百万人ほどの人員は地下に収容可能でしょう。既にご存知の方も多いと思い
ますが、アメリカの一部の者達が地下千メートルの所に『ノアシティ』なる地下都市を建設していました。
この場所にはその気になれば数百万人が一時的に収容可能です。ただし、数日しか持ちません。数万人
程度だったら、相当長期の滞在も可能です」
「相当長期と言いますと、具体的にはどの位でしょう?」
司会者も真剣に聞いた。
「はい、厳密には中々その判断は難しいのですが、上手くすれば三十年以上可能でしょう。ただし、現在
その場所に入り込むことは出来ません。
アメリカ軍によって厳重に管理されています。その場所に入る者達が抽選で決められる事になっています。
『ノアシティ』は今拡張工事中でもありますから何とか十万人が三十年以上暮らせる様になる模様です。
しかし、今言った様に、入れるかどうかは抽選です。選に漏れた方は残念ですが別の計画の成果に期待
するしかありません」
「別の計画ですか?」
司会者は知っているのだろうが、知らない振りをして聞いたのだった。
「はい。実はシュナイダー博士を中心とするグループが、小惑星『ニューアメリカ』の軌道を変えようとしてい
るのですよ。
彼は元からその主張を繰り返しておりました。情けない話ですが、実は私も、故ゴールドマン教授の説を
信奉していて、彼の話に全く耳を傾けていなかった。
ですが、ここに至ってやっと博士の主張が正しいのだと確信することとなりました。本当に申し訳ない事を
致しました」
画面の教授は何度も謝罪の言葉を述べたのだった。
「いやいや、それはお互い様です。我々マスコミ関係者も博士の説には、ついこの間まで懐疑的でしたか
らね。
もっともそのような主張はもうとっくに一部の天文関係者が指摘していた事でした。ただ我々も故ゴールド
マン教授の殺害に伴って、彼の主張ばかりを強調して来ました。
当然、我々にも責任の一端が大いにあります。視聴者の皆様、本当に、本当に申し訳御座いませんでし
た。心よりお詫び申し上げます」
司会者も何度も謝罪したのである。その後しばしコマーシャルが入って、再び大学教授の登場となったが、
画面は世上の混乱を映し出していた。
「世界はついに終わりの時を迎えた。助かる道はただ一つ。我がスーパーライト教に入信しなさい。神は
我々だけを救ってくれます。
何故ならば、我等が救世主であらせられる、教祖、シージール師こそ、正に神の化身だからなのです。
師は今日ある事を幼少の時より主張しておりました。
多くの科学者がその危険を主張するより遥か以前のことでした。周囲の大人達は笑って相手にしません
でしたが、今やその周囲の者達は、皆、我等がスーパーライト教に入信したのです!」
ある一つの新興宗教団体が、世界の終わりと、自分達だけは助かるという、お馴染みの宣伝文句でしきり
に信者の獲得に精を出している映像だった。
他にも幾つもの宗教団体、その中には古くからある世界的な宗教も含まれて居たが、兎に角、一生懸命
だった。映像はそれらを冷ややかに映し出していた。
「御覧下さい、今やこの様な光景は世界中で見られます。しかし断言しておきましょう、宗教で自分達だけ
が助かる事など有り得ないと。
私はとある宗教を信じておりますが、神は如何なる者に対しても、分け隔て無くその愛を注がれるのです。
自分達だけが助かる等と良くその様な事を恥ずかしげも無く言うものです。
我々宗教者が戒めなければならないのは、正しくその様なエゴです。宗教者のエゴに陥ってはなりません。
手前味噌になりますが、我等の指導者はこう言っております」
テレビに出演している、恐らくは何かの宗教に深く傾倒しているであろう教授は、少し恥ずかしそうにしな
がらおもむろに自分の考えを、指導者に教わった考えを述べたのである。
「『このような時こそ、私達は救いの手を差し伸べましょう。何も出来なければせめて祈りましょう。その者達
がたとえ我々に唾を吐き、石のつぶてを投げたとしてもです。
我等の神を信じる者には勿論の事ですが、たとえ我等の神をあしざまに言ったり、或いは見向きもしな
かったりしてもです。
この時をチャンスとばかりに信徒を増やそう等としてはいけません。それは人の弱みに付け込む卑劣な
行為です。神はそれらの全てを見ていると私はそう思います』
その指導者の言葉を聞いて、私は心打たれましたが、テレビを御覧の皆様はどうお考えでしょうか。ああ、
少し、いや、かなり脱線してしまいました」
「いいえ、何かこう、目からうろこが落ちた様な気がします。私も、最近の新興宗教やその他の宗教の勧誘の
仕方には大いに疑問を感じているのですが、確かに言われた通りの様な気がします。
恐怖心を煽って勧誘する。昔からある手ではありますが、何しろ今は、実際に恐怖が目の前にあるので
すから、その効果は抜群です。
幾つかの調査機関が調べたところによりますと、それまで信じていた宗教から別の宗教に移った者の数
は全世界では、恐らく数億人に上るだろうという事でした。
人の心の弱さに付け込む卑劣な勧誘が行われた結果の様にも思えるのですが、さて、今日は、その様な
お話しではありません。
ここでコマーシャルですが、今日、皆様にお伝えするのは、シュナイダー博士の計画についてです。未だ
に秘密のベールに隠されておりますが、およその事は分かっています。それではコマーシャル!」
番組はそこで一旦途切れて、長いコマーシャルタイムに入った。
「さて、それでは、今日の目玉のシュナイダー博士の計画、シュナイダー計画について少しお話致しましょ
う。それでは教授お願いします」
「はい、先程は些か脱線致しまして、申し訳御座いませんでしたが、ええと、それでは本題に入ります。シュ
ナイダー計画は簡単に言うと、小惑星『ニューアメリカ』の至近距離で大きな爆発によってその軌道を変更
するというものです。
ここで最も荒っぽいやり方は、世界中の核ミサイルを撃ち込んで『ニューアメリカ』ごと粉砕する方法です。
実はその方法も検討されています。
ここではっきり申し上げておきましょう。シュナイダー計画が上手く行かなかった場合、最終的にはこの
方法で小惑星を吹飛ばしますから、絶対に世界の終わりは来ないのです。
これは本当です。つい数週間前には有り得ない方法でしたが、ここに来て、わが国は勿論の事、ロシア
や中国、ヨーロッパ各国もその案に同意しました」
「ええっ! そうだったんですか!」
司会者はまたも知らなかった振りをした。
「はい。ですから、世界の終りが来る等というデマに惑わされない事です。どうせ終わりだから今の内に遊
べるだけ遊んでおこう、一ドルたりとも残す必要は無い。
そう思っている人は要注意ですよ。世界は終らないのですから。それと宇宙に逃げた人達。あなた方は
かえって危険ですよ。
粉砕された『ニューアメリカ』の破片は地上では沢山の流れ星になって、奇麗なだけですが、宇宙では危
険な凶器になりますからね。
膨大な量の破片が出ますから、かなり高い確率で宇宙船と激突する恐れがあります。これから宇宙へ
行く予定の人は逃亡する積りでしたらお止めになった方が宜しい」
教授はしてやったりの顔で涼しげに言った。
「へえーっ、そうだったんだ。何だ、拍子抜けしましたよ。だったら何もしなくて良いんですね?」
「はい、その通りです。今まで通りの生活で何も問題はありません。それ等を踏まえた上で、シュナイダー
計画についてもう少し詳しくお話致しましょう」
「ああ、その前に、この放送に対する賛否のご意見が殺到している事をお伝えして置きます。ではどうぞお
続け下さい」
司会者は言葉には出さなかったがホクホク顔だった。反響の大きさはそのまま視聴率の高さを示してい
るからである。