夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              351


「その人の名前は分かりますか?」
「ああ、君も良く知っている人だ。黄味麻呂ユウカリさんですよ」
「あ、彼女は死んだのですか。うーむ、全然知らなかった。かなり厳しい精神障害があって、絶対面会謝絶
だと聞きましたが……」
「そうか、その様に聞かされたままだったんだね。話せば少し長くなるが聞くかね?」
 博士はサムライの心情に配慮した。

「はい。是非聞かせて下さい。しかし、まさか死ぬなんて! どうして誰も知らせてくれなかったんだろう。
少なくとも林果は知っていたのじゃないかな? それとも……」
 サムライは誰にも知らせて貰えなかった事が不服だった。

「それは仕方が無い事ですよ。誰にも知らせない様に、ユウカリさんが関係者に頼んだのですからね。先
ず彼女の症状から説明した方が良いでしょう。
 詳しい事は私にも分からないが突発性の精神障害でね、普段は普通なんだが時折正体不明になる。二
重人格者とも似ているのだが、彼女の不幸な体験から、セックスがトラウマの様になっているようでね、突
然淫乱になる。人前でも何処でもオナニーを始めてしまう。しかも数時間の間止らないんですよ。
 その事を彼女自身とても恥ずかしく思っていてね、一番会いたい君に会えなかったのはそのせいなんで
すよ。分かるでしょう?」
「ううう、そうだったのか。元はと言えば自分のせいなんですから、彼女が恥ずかしがる事はない。責めら
れるべきは俺なんですよ」
 サムライは心の中で唇を噛み締めた。

「我々が彼女の存在を知ったのは、勿論偶然ではない。想像が付くとは思うが、我々は君の正体について、
徹底的に調べたからね。
 君が日本人である事や特殊な病原体に侵されていたことも掴んでいる。それを金森田玄斎に巧みに利
用された事や、桜山林果が君の事実上の妻であること、一人息子の昇一君がいることなども掴まえた。
 そして黄味麻呂ユウカリ君の事も分かったのだが、私の親しい友人がユウカリ君の病状や彼女が絶対的
に信奉しているのが、君だと知った時には大いに驚いたよ。
 それから間も無く彼女の死を知らされた。大変残念だが彼女の死因は定かではない。ただ彼女の遺言で
彼女の死は一切公表しない事やどのような手段であっても、君と一緒に居られる事を熱望していた事など
を知らされたのですよ。彼女にとって君は神様だったのですね」
 悲痛な気持ちで博士は言った。互いに相手の顔は見えないから想像しながら語り合っている。

「意識は無いのですか? 脳の一部というとどの程度なんですか?」
「うむ、さっきも言ったと思うが、彼女の意識は全く無い。ただごく一部大脳辺縁系の辺りやその他の部分も、
死滅していない部分は生かしてある。
 本当に申し訳ないとも思うのだが、彼女の脳を我々の作ったコンピューターの一部として使わせて貰って
いる。だが我々を驚かせた事があった。
 判断の難しい場合にユウカリ君の脳に判断を仰ぐと、如何にも女性らしい可愛い答えが返って来る。特に、
君の名前を入力すると激しく反応するのですよ。
 我々は首を傾げるばかりだった。意識の無い、それどころか夢さえ見ていない筈なのに、何故君の名前
に反応するのか。
 それを解明するのには我々の知識はまだまだ不足なようです。ただ、彼女に君のセックスマシンになる
のだと言う事を入力したら、物凄い反応をして、手が付けられない位だった。
 だから彼女は、その、チュチュ君は大喜びで今の仕事をしているのですから、その点は安心して頂きたい
ものです」
 博士はそのあと暫く言葉を発することが出来なかった。人の思いの深さに感動しているらしかった。

「そうですか、よく分かりました。チュチュを大事にしますよ。それにしても見事な喋りっぷりで、たまげてい
るのですが、膨大な量のデータが入力されているんですよね? 実に滑らかな反応で違和感が無い。シ
ミュレーションも相当にこなしたのでしょう?」
 サムライは博士の労を労(ねぎら)う気持ちで言った。

「はははは、確かに相当やりましたが、予想以上に簡単だったのです」
「ええっ! それはどういう……」
「つまり、さっきも言いましたが、肝心な事は全て彼女の脳に任せているのですよ。我々が苦労したのは
彼女の言葉の翻訳です。
 何しろ全て日本語ですからね。まあ、それはゴールドマン教授の残した膨大な研究成果を借用して何と
かなりましたがね。
 今は英語で話すことしか出来ないが、いずれは日本語で話せるように出来ればと考えていますよ。さて、
少し長くなりましたね。
 それでは、これからの仕事の計画をお話しておきましょう。前にも言いましたが、これから実験飛行に移
ります。数時間後の話ですがね。
 ある場所に行って貰います。それが上手く行ったら、いよいよ本番です。約二週間、ひたすら小惑星『
ニューアメリカ』目指して飛んで行って貰います」
「ああ、分かった。ところで核ミサイルの搭載は何時何処でやるんだ?」
 サムライは一番肝心な事を聞いてみた。

「ああ、核ミサイルはこれから行く場所にあるよ。そこで核ミサイルを搭載して、ゴーッ! ということになる」
「なるほど、核ミサイルのある場所まで飛んで行く事になる訳なんですね。ふん、ふん。あのう、もう一つ聞
いて良いですか? いや、もう二つ三つ聞きたい事があるのですが」
 サムライには今の状況が上手く飲み込めていないのだ。

「余り長い時間は拙いが、十五分やそこいらだったら構わんよ」
「有り難う御座います。じゃあ早速ですが、ここまで来た経緯が分かりません。それとここは何処ですか? 
地上から何キロ位の高度になるのですか? もう一つ、ここの明るさは一体どうなっているんでしょうね。
一応ぼんやりと明るいのですが、何処から光が来るのでしょうか? そのエネルギー源の所在が良く分か
らないのですが。ああ、もう一つ、私のエネルギー源やチュチュのエネルギー源は?」
 サムライは謎だらけの現況を少しでも良く知ろうと思って、矢継ぎ早に質問したのだった。他にもまだ沢山
あったが、それ以上は説明に時間が掛り過ぎると思って遠慮したのである。

「はははは、そんなに沢山は困るよ。まあ、それでは手短に答えよう。まず、ここまで来た経緯だったね。
植田正美さんには気の毒な事をしたが、私は彼女を騙した。
 平気な訳ではない。辛かったが仕方が無かった。君をマシンに組み込む事など彼女が許す筈も無いと
思ったものだからね」
「成る程、それは理解出来ます。ただ普通だったら、打ち上げ前に、ああ、そうそう、私はどうやって運ば
れたのでしょうね? 宇宙に来るまで結構時間が掛っていると思うのですが」
 サムライは強く疑問に思っていることを聞いてみた。

「ニューケッペルスターは自力でここまで来たのだよ。もう少し小さければ、スペースシャトルで運ぶ手もあ
るのだが、シャトルに匹敵する大きさだからね。
 分かっていると思うが、ここまで来ればほぼ燃料は使い果たしている。だから燃料の注入が必要だった
のだよ。
 勿論君が聞きたいことは分かっている。自力とは言っても、ここまでどうやって機体を制御して来たのか
ということだろう?
 意識朦朧(もうろう)とした状態だった筈だからね。それは薬を使って意識レベルを下げていたのだがね」
「はい。ええと、リモコンですか?」
「その通り。君の体にと言うか、機体の一部にリモコンによる制御装置が付いている。ただし、それは今は
機能しないよ。実は君の下腹部に、つまりペニスのある部分に装着してあったのだが、それは取り外して
置いた。
 その代わりに、チュチュ君がくっ付いているのだよ。最初からそういう設計にしてある。ただ、リモコン制
御装置には最初からカバーが付いていたのだが、チュチュ君には君のその部分に自力で装着して欲しかっ
た。いや、彼女がそれを望んだと言った方が良いだろう」
「ああ、そうだったんですか。成る程、大体分かりました。すると彼女は俺が来る前にここに来ていたので
すか?」
「うむ、そういうこと。ほぼ完成していたものを私と共に宇宙に来て、私は宇宙ステーションの中で最後の
仕上げをしたのだよ。
 その、これは、最高に言い難いのだが、つまりその、彼女の舌技の完成の為に、その、私自らが実験台
になったと言うかその、はははは、分かるじゃろう?」
 博士は脂汗を掻いている感じだった。

「ああ、成る程、彼女の三枚舌は博士の発案でしたね。良くあんな事が思いつきましたね。さすがに俺でも
気が付かなかったですよ」
「その、許して貰えるのかね」
「はい。あれだけの物を作るのには、相当の苦労が必要ですからね、他人任せには出来ないでしょうし、
えへへへ。博士も隅に置けないですね」
「あはははは、まあ、一応私も男だからねえ。いや兎に角、見事に完成したのだから、良いとしようじゃない
かね」
「はい、納得しました。それじゃあ次に、ここは何処なんですか? 格納庫の中なので外の様子が良く分か
らないのですが」
「ああ、一度はどこかで言ったかも知れんが、ブラジル上空に近い位置にある、静止軌道上なんですよ。
ご存知だろうが静止軌道は普通、赤道上空と相場が決っていてね」
「静止軌道ですか。分かりました。しかし、どうして格納するのですか? まあ、凡その想像は付きますけ
どね」
 サムライは太陽光に晒される事を想像していたのだが、その他にも理由がある様な気がしていたので
ある。

             前 へ       次 へ       目 次 へ       ホーム へ