夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「こういう話に興味は無いのか?」
「はい、そのう、ご主人様の命令ですから聞きますけど、苦、苦しいですう」
「はははは、分かった。じゃあ話を変えよう」
サムライはユウカリの事が気になっていた。
『突然消えてしまったからね。あれで良かったのかどうか分からないな。ううむ、ちょっとしつこいかも知れ
ないけどもう一度試みてみよう』
ロケットエンジンは小さい出力ながらずっと動いていた。僅かながらGが掛り、速度は少しずつ上がって
いる。
博士からは何の連絡も無いのでコースを外れていないのだろう。地上から見る月の既に数倍の大きさに
なって見えている。それでもまだかなりの距離があるが、もう少し大きくなるといよいよ忙しくなるので、今
の内に聞いておこうと思っていたのである。
「それじゃあ、また前と同じ事を聞くけど、チュチュの前の名前は『ユカ』だったよね?」
「うん、そうだよ」
「それは『ユウカリ』を縮めたものじゃないのか?」
前回はそこでチュチュはユウカリに切り替わった様だったのだが、
「それは知らないよ。ユウカリって誰?」
今回は平然とチュチュが返事をした。
「ふうむ、ユウカリと言っても平気なんだね」
「ノボル様、浮気は駄目ですよ。ユウカリさんって昔の恋人なの?」
「いや、それは違うよ。ただとても迷惑を掛けた女性でね。気の毒にもう亡くなってしまったんだけどね」
「死んじゃった人の事を何時までも気にしてちゃ駄目ですう。ご主人様は告白したんですからね。チュチュ、
俺はお前を愛しているってはっきり言いましたからね。
今更あれは嘘だったなんて言っても、手遅れですからね。今思い出しただけでも、体中がゾクゾクして来
ますう。
誰よりも、誰よりも、お前を愛している! なんて言われる人なんて、そう滅多に居るもんじゃないと思い
ますう。うふふふふ、チュチュは幸せですう」
チュチュはサムライに言われた言葉を思い出して、すっかり陶酔していたのだった。
「しかしね、あれは日本語だった筈だぞ。どうして意味が分かった?」
「日本語? いいえちゃんと英語でした。もう、ここへ来てじたばたするなんて男らしくないですう。ああ、分
かった。そろそろ溜って来たんでしょう? えへへへ、ペロペロしましょうか?」
「まだペロペロは早いぞ。それよりも英語だったと言うのか、あの愛の告白が?」
「はあい! ああ、拙い!博士から連絡です。チュチュは暫く沈黙していますからね。えへへへ、寝たふり、
寝たふり! スーッ、スーッ、……」
軽い吐息を響かせて、チュチュは見事に狸寝入りを決め込んだのだった。
「ああ、私だが、そろそろ細かい方向転換が必要になる。チュチュは眠ったかね?」
「はははは、まあ、自主的に沈黙しています」
「ほほう、中々賢くなったじゃないか。ええと、それでは、意識スイッチで計器盤を出してくれないか」
「はい。……、出しました」
「それじゃあ、マニュアル通り月を画面に出して、画面上にある×印を注目。それが画面の中央に来る様
に調節してくれ。
エンジンの制御の仕方は分かっていると思うが、途中で逆噴射するポイントも画面上に△印で表示され
るからね。特に逆噴射のタイミングは大切だからね。
ただ、まあ、エンジンを長時間噴かせる事が出来るから、それなりの余裕がある。万一しくじっても慌て
る事は無いからね。幾らでも修正可能だからね」
「はい、了解しました。それでその、少し疑問があるのですが、宜しいですか?」
「ああ、何なりと聞いてくれたまえ」
博士は口では軽く言ったが、内心は相当に緊張していた。
「府に落ちないことが沢山あります。例えば核ミサイルの装着ですが、未だになされていません。何処でや
るのですか?
それと関連すると思うのですが、一体何故L2で一時停止して、長時間の休養を取るのですか? どうも
良く分かりません。
それとチュチュの件なのですが、前の名前を『ユカ』と言ったそうですね? 何もわざわざ黄味麻呂ユウ
カリさんの名前に近い名前を使うことは無いと思うのですが」
サムライは気持ち的には怪訝(けげん)な思いだったのだ。
「ああ、そうだね。じゃあ、まだ制御に少し時間があるから、ちょっとだけ話をしておこう。推察通り核ミサイ
ルはL2の位置で行う。
色々と変更があってね。端的に言えばL2は地球上からは月の裏側になっていて観測出来ない。同じ事
になるのだが、地球上にある沢山の人工衛星からも観測出来ない。
同様にL1にある幾つかの宇宙ステーションからも観測は不能だ。実は核ミサイルの搭載を他の諸国に
観測される事に異議が出てね。
急遽L2に変更になったのだよ。軍事機密上の問題があってね、軍部の方からクレームが付いたのさ。
もっと早く言ってくれと言いたかったが、ここで喧嘩しても始まらないのでね」
「成る程、そんな事情があったのですか。しかし、尚、疑問がありますよ。L2に核ミサイルが置いてありま
すか? そんな話は聞いた事がありませんよ。
有り得るとすれば、今後の話でしょう? そんな事をしていて間に合うんですか? それにまだある。
燃料の補給はどうするのですか?
少しずつとはいえ、かなりの燃料を使っています。不足分を補う事はしないのですか? 博士、何か隠し
ていますね?」
サムライは強く勘ぐった。
「はははは、参ったね。鋭い勘だ。その通りなんだが、ちょっとショックかも知れないと思って、秘密にして
いたんだがね、ああ、しかしそれはまた後にしよう。
逆噴射が無事に終ったら、その時にもう一度話をする事にしよう。その後L2に着くまでは三十分位時
間があるしね。それじゃあ、ニューケッペルスターの運転の方を宜しく頼むよ」
「はい、じゃあ、詳しいお話はまた後にして頂きます」
サムライは奥歯に物の挟まった様な博士の言い方が酷く気になったが、先ずは仕事優先である。幸い
にもチュチュはいたって大人しい。
『ひょっとして、本当に寝ちゃったのか?』
そう思える位だった。
『ふう、緊張するね。まあ、一応予定通り上手く行ったけど、何だか孤独が身に染みるよ』
サムライは逆噴射までの約一時間全くの孤独な作業を続けたのである。もっとも、コンピューターの指示
は女性の声だったし、一つの作業が上手く行くと、
「よく出来ました。お上手ですね」
等と誉めてくれるので、それほど辛くは無かった。しかし自分を見ているのはコンピューターだけだと思う
と、何か虚しいのである。
勿論実際には多くの人間のスタッフが陰で支えているのだが、彼にはそれが分からないし、知る由も無
いのである。
「ああ、私だがどうやら全て上手く行ったようだね。いや、見事なお手並みだったよ。今私は、その、君を追
い掛けている。
他に何人かのスタッフがいて、彼らも、ケッペルスターで君の後を追っているのだよ。ケッペルスターは
三機編成で向かっている。
その中には核ミサイル搭載機もあるのだ。それから燃料の搭載機もね。それと、もう一つ、ニューケッペ
ルスター2号機もね」
「ええっ! ニューケッペルスター2号機ですか? それこそ全然聞いていませんよ。それってどういう事な
んですか!」
サムライは少しムカツキを感じていた。
「核ミサイルの搭載は簡単なものじゃない。どうしても専門の知識のあるスタッフが、それなりの数必要なの
でね。
ただケッペルスターを扱える者が不足しているので、ニューケッペルスター2号機は人員運搬用だよ。君
の1号機とも少し違っていて、十人乗りなんでね。その様に改造してある。
例によって私が総指揮を取る。私は旧来のケッペルスターに乗って、核ミサイルを運搬している。それか
ら半日前に私の居る宇宙ステーションに到着したケッペル君が、もう一機の旧ケッペルスターに乗り込ん
で燃料を運搬して来たのだよ。
勿論旧タイプのケッペルスターもある程度改造されているのだがね。その為に一人乗りになっている。
その分燃料やら核ミサイルやらを運べる様になったという訳さ」
博士は依然として最も重要な秘密を隠しているらしかった。それがばれない様に軽い感じで言って、誤魔
化しているようにサムライには思えたのである。
「へえ、随分手が込んでいますね。でも少し気になりますね。ニューケッペルスター2号機って、それもサイ
ボーグなんですか? それとも単なる無人機なんですか?」
「ううむ、それがその、……、つまり、ダウクーガー、日本名は金森田玄斎、彼の脳を使っているのさ。色々
と事情があってね」
「な、なんだって! ど、どうする積りですか? 彼の脳は所在が厳重に秘密にされていたんじゃないんで
すか? 納得出来ません。分かるように話して下さい」
サムライの心の中に、久々に殺意の様な、どす黒い感情が湧き起こって来ていたのだった。
「彼はゴールドマン教授から知らされた種々の秘密、アメリカ合衆国、U、S、Aの極めて重要な機密を持っ
ていてね。
まあ、その他にも彼自身が入手したと思われる、数多くの秘密、もし暴露されれば、アメリカ中が大混乱
になるほどの秘密を、大統領宛に手紙で知らせて来たのだよ。
もしもの時にはその様な手配がなされる様に予(あらかじ)め仕組んでいたらしい。結局彼の要求を呑ま
ざるを得なかったのだよ」
博士は如何にも悔しそうに言った。