夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
358
『エンジン噴射、止れ、止れ、止れ!』
相当に強く念じてみると、計器盤上にあるレバーが操作され、何度試みても駄目だったエンジンは案外
あっさりと停止したのである。
しかも両方のエンジンは正確に同時に止った。途端にそれまで感じていた弱い重力は消え去って、無重
量状態になった。
このような時にしっかりと何かに捕まるかシートベルト等をしていないと機体から弾き飛ばされる恐れが
あった。
その為に昇はチュチュに注意を促していたのである。幸いにもチュチュは八本足の強力な吸盤でしっか
りとニューケッペルスター1号機のお尻の辺り、エンジン付近にくっ付いたままだった。
「チュチュ、どうやら大丈夫なようだな」
チュチュの目を通してロケットが直ぐそばに見えているので無事な事が分かった。
「ああ、私の目から見るのは終わりにするよ。そうで無いとノボル様のいたわりの言葉が聞けないから。
本当だったら、チュチュ、大丈夫かって言ってくれるのに、初めから大丈夫なことが分かっているなんて
つまらないよ」
チュチュは不満そうに言って、同じ視覚を持つことを拒否した。
「ああ、分かった。さっきまではちょっと大変だったからそうしたけど、もうその必要が無いからね、兎に角
早くこっちへ帰っておいで。それと今後の方針とかを色々と話してみようよ。聞いてみたい事もあるしね」
「ハーイッ!」
今度はチュチュはかなり早くスルスルと戻って来た。無重量状態なので、吸盤の力は弱くても済むから
である。
重量のある状態から無重量状態に変化した瞬間は危険なのだが、それを脱してしまうと、むしろ吸盤付
きで移動するのは容易くなるのである。
「お待たせ、うふふふふ、またまたご褒美頂だいな。あはははんっ!」
事ある毎に、チュチュは三枚舌で愛撫することを求めて来る。
『ううむ、すっかり淫乱だな!』
とは思ったが、
『しかし、命の危険もあったことだし、クモの彼女、いや、チュチュ無しでは今後もやって行けないかも知れ
ないからね。
ここはちょっと我慢して、やりたいだけやらせておこう。まあ、命の危険の代価がこれ位で済めば、安い
ものだよね』
そう考えて納得することにした。勿論仕方なく果てては申し訳ないので、存分に果てまくることにしたので
ある。
「ああああ、凄い! ご主人様、凄いですう。も、もう一度は駄目ですか?」
「その通り、駄目だね。今度は戻るか、小惑星ニューアメリカ近くで予定通り核爆発させるかどちらかの選
択が必要だからね。
多分一秒を争う事になると思うから、ご褒美はそっちの方が片付いてからにするよ。今回は従って貰う。
良いよね。ノーは認めないけどね」
昇は冷たい言い方をした。
「ああん、ノボル様、何てクールで素敵なんでしょう。ますます好きになりましたわ。その、ご命令に従います。
何なりとお申し付け下さいませ」
昇の厳しい姿勢に、逆に痺れた感じでチュチュの態度は一変した。
「今、俺の体に備え付けられているコンピューターに、予定通り小惑星ニューアメリカに到達出来るかどうか
計算させている。
大きくコースを外れたから、様々な可能性、例えば予定通りではなく、数日遅れまでの可能性を調べて
貰っている。
それと核を使う場合の使い方の計算も命令してやらせている。考えられるベストの結論を出すのに相当
の時間が掛るようだ。と言っても、数時間程度だと予想しているけどね。
それでその間を利用して、色々と聞いておきたいこと、それからチュチュが疑問に思うことなんかがあっ
たら聞いてくれないか。
今後の状況の変化に対する対応の参考になるかも知れない。一種の討論だな。時間があるからといって、
エッチは無しだぞ、さっきも言った様にね」
昇は念を押してエッチ抜きであることを強調したのである。
「ハイッ! 承知しています。それでは早速ですが質問があります」
「ああ、どうぞ」
いきなりチュチュに質問があると言われて、本当は昇はちょっと面食らったのだが、直ぐ気持ちを切り替
えて了承した。
「そのう、ノボル様は時々変な事を言いますよね。凄い愛の言葉を言った時ですけど、あれってどうしてで
すか?」
チュチュにもユウカリの出現は分かっていないようである。
「うーん、それは……」
昇は少し躊躇った。
『本当の事を言ったら、チュチュが傷つくんじゃないのか?』
そう思ったのである。
『だけど、俺にはまだ信じられないんだよね、ユウカリさんが現れる事だけでも不思議なのに、それが瞬間
的にチュチュに変ってしまう。この際本当の事を言って、真実を探り出そうか?』
結局、事実を話す事にした。
「それじゃあ、本当の事を言うけど、ちょっとショックかも知れないよ。それでも良いか?」
「ショックなんですか? でも、大丈夫です。ノボル様は私を愛していると言って下さいましたから。あの言
葉に嘘はないのでしょう?」
「うん、あれは真実だ。俺は何時の間にか本当にお前が好きになったらしい」
「キャアッ! 嬉しいですう。ああ、いけない。その、どうぞ、事実を仰って下さい」
一瞬、普段のチュチュに戻り掛けたが、直ぐ気持ちを取り直して、真面目なチュチュに戻った様である。
「実はね、愛しているとか言うと、黄味麻呂ユウカリという女性が時々現れるんだよ。でも、もう二度と現れ
ないと言っていたから大丈夫だろうけどね」
「ああ、やっぱり!」
「ええっ! チュチュは知っているのか?」
「私は直接には知らないんですけど、博士達が言っていました。ユウカリという名の幽霊が出るって」
「幽霊? じゃあ博士達も聞いたのかな、あの声を」
「そうみたいです。私がエッチの相手に愛の言葉を要求すると、時々現れるらしいですよ。でも、直ぐ消え
るらしいですけど。昇さんじゃないのねって言うらしいです。
ただ日本語で話をするから意味が中々分からなかったみたいですけどね。声を録音しておいて、後で
翻訳してやっと意味が分かったみたいです。あのう、ノボル様も日本語を聞いたのですよね?」
「ああ、その通りだ。正直に言うと、ユウカリにはちょっと酷いことをした事がある。金森田玄斎を捕らえる
為に彼女に体を提供しろと言った事があった。
結局、金森田にこっちの作戦が見破られていてね、彼女は相当の性的な辱めを受けたらしいんだ。そ
の為に精神障害者になってしまった。
彼女は病院に入院していて、その後亡くなったんだよ。その脳の一部が、君に使われているんだ。だか
ら君は黄味麻呂ユウカリさんでもある筈何だがね。しかしユウカリさんという意識は無いんだろう?」
昇は禁断の領域に達してしまった気がした。そこまで言う積りではなかったのだが、つい口が滑ってし
まったのである。
「……、ショックです。私はチュチュであって、ユウカリさんじゃありません。何が何だか訳が分かりません」
やはりかなりのショックを受けたようである。
「しかし君はどうして俺がそんなにも好きなんだろうね。博士達とエッチした時には博士達が大好きだった
か?」
「いいえ、私は、何だか良く分からないのですが、兎に角ノボル様が大、大、大好きなんです。でも、恋に
理由なんか無いでしょう? 好きなものは好きなんです」
チュチュは少し開き直って言った。
「ふうん、そうだな。ただユウカリはもう二度と現れないと言っていたから、もうこの話はよそう。今度は時
限爆弾について少し聞くけど良いかな?」
わだかまりが残っていたが、昇はそれを吹っ切る為にも、次の話題に強引に移ったのである。
「はいはい、どうぞお聞き下さい」
チュチュも少しおどけてショックを和らげようとしていた。
「時限爆弾が思ったよりも大きかったことに驚いたんだけど、核ミサイルを設置した時に、博士が分からな
かったのかな?」
「はい、それは簡単です。ミサイルには意外に大きな補助翼が付いていました。その陰に隠れて外からは
見えにくかったようですよ。
でも一部の人には見えていたと思います。チュチュの推理だと、見える位置に居たのは、金森田の仲間
だけだったんだと思います。人が結構居ましたからうまく壁を作って見えないようにしていたのじゃないで
しょうか?」
「ああ、成る程ね、チュチュの推理は中々鋭いね。確かに十人位居たと思うから、大半が金森田の仲間
だったら、まあ彼の場合は仲間じゃなくて部下だろうけどね。
大方、部下になれば、地下都市ノアシティに連れて行ってやるとか言って釣ったんだろう。人類が滅びる
かも知れないから、助かりたい一心で、多分家族の命を守りたいとか思って承知したんだろうね。
そんな約束を守る男じゃないけどね。兎に角それで辻褄は合う訳だ。しかし気になるのは、こっちの失敗
が確定的になったら、世界中の核ミサイルがニューアメリカ目指して飛んで行く手筈になっているけど、そ
れも失敗に終ると言った事だ。一体それはどういうことなんだろうね」
最も気になる事を昇は言ってみた。
「済みません、チュチュには分かりません。でも、もし、さっきの時限爆弾が核ミサイルのそばで爆発してい
たらどうなっていたんでしょうか?」
「うーん、はっきりとは分からないけど、恐らく核爆発が起こっていただろうね。仮に核爆発が起こらなくても、
コースが大きくずれるから、肝心の場所には簡単には行けないと思うよ、多分ね」
「だったら、その手を使うんじゃないんですか? たくさんのミサイル全部に爆弾を仕掛けるか、たった一つ
でも先頭を行くミサイルに爆弾を仕掛ければ、結果として失敗するんじゃないんですか?」
チュチュは中々鋭い指摘をしたのだった。