夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
38
「連絡しなくてご免な。小姫さんに知られるかと思うと、怖くて出来なかったんだ」
昇は謝罪から入った。
「ううん、私の方こそ、連絡しなくてご免。小姫さんの監視が本当に厳しかったのよ。彼女も失敗すれば首にな
るから必死なのよね。
私は父に何度も電話で抗議したんだけど、留学を取り止めろの一点張りだった。私も意地になって、『それだ
けは絶対嫌!』って頑張っていたんだけど、最近ちょっと考え方が変って来たわ」
林果は申し訳無さそうな顔になった。
「変って来た?」
「うん。だって、留学したら、昇に会えなくなるもの。それに、アメリカのマッサーズ大学の水準は半端じゃないし。
日本でトップクラスでも、向こうに行ったら、平凡な一学生に過ぎなくなるのよね。言葉のハンディもあるし」
林果は自信無さそうだった。
「そんなに水準が高いのか?」
「ええ、世界最高水準の理科系の大学ですから、世界各国のトップの人達が集まる訳で、その中にはいわゆる
天才と呼ばれる人達が居るのよ。
私は秀才かも知れないけど、天才の人達と比べられると、ランクが下だと言わざるを得ないのよね。今まで私
はただ意地を張って来ただけの様な気がする。今は何よりも昇と一緒に居たいのよ。決して諦めたりするん
じゃないの。どうかしら?」
林果は昇に甘える様な口調で言った。さっきから握り締めている、昇の手は、今は彼女の手を愛撫する感じ
になっている。その為に、うっとりしていたのだった。
「お、お待たせしました、前菜の生ハムと野菜サラダで御座います。食前酒はワインで宜しいでしょうか?」
先程半べそで注文を取って行った、ウェートレスが気持ちが落ち着いたのか、僅かな笑顔を見せて前菜を
持って来た。
「そうだな、林果はまだ未成年だから、ノンアルコールのビールなんかどうだ。それだったら俺も同じ物を飲め
るし」
昇は赤ワインにちょっと懲りているので、そう提案してみた。
「ええ、それでお願いします」
林果はその後も殆ど昇の意向に従った。昇に従順に従う事が嬉しかった。流石に食事中は手を離したが、
互いに甘え合う嬉しい時間が流れて行った。
しかし、どうしても、聞いて置かなければならない、厳しい幾つかの事柄があった。食事も終り、二人とも一回
ずつ小用を足した。その後、締めくくりのコーヒーを飲みながら、なるべくなら触れたくない嫌な事に触れ始めた。
「ところで今回の事をお膳立てしてくれた、香澄さんの事なんだけど、今までの経緯から考えて、無条件で二人
のデートを取り持つとは思えないんだけどね、何か条件があるんじゃないのか?」
昇はかなり慎重に聞いた。予想通り林果の顔に辛さが見える。
「香澄さんに私の方からお願いしたのよ。私が直接動くと、小姫さんが黙っていないと思ったから」
「ふうむ、なるほど。で、条件は? 何かあるんだろう?」
「はい、彼女とパソコンでチャットして下さい。必要な事はこれに書いてありますから」
林果はプリンタしたらしい一枚のメモを昇に手渡した。
「ふうん、個人のチャットルームって言う訳か。暗証番号とか書いてあるけど、でも、これだけ?」
意外にあっさりしていたのでちょっと拍子抜けした。
「でも、彼女の事ですから、きっといやらしい事とかしてくるのに決まっているわ。き、気を付けてね、昇。彼女は
貴方を自分の僕にする積りらしいわよ。私に報復する為に貴方を誘惑するとか言っていたし……」
林果は心配でならなかった。
『エッチに絶対の自信があるみたいだった。その点私は全然自信が無い。だって経験が無いんだもの。誰かに
実地で教えて貰おうとか思ったけど、やっぱり踏ん切りがつかなかった。昇じゃなきゃ嫌よ!』
林果は頗る不安だった。一度でも香澄を抱いてしまったが最後、肉欲の虜になって、彼女の奴隷になってし
まうのだと本気で心配していたのだ。
「今日明日中にも必ずチャットして欲しいと言っていたわ。約束を守らなければ、私と昇のデートの事を父や小
姫さんにばらすって言うのよ。兎に角最低限、その約束だけは守ってね」
林果は仕方無しに言った。言わなければ後が怖い。
「ああ、分かった。ところで、……」
昇はそこで立って行って、林果に耳打ちをした。
「これからホテルに行かないか? 勿論、エッチもするけど、秘密の話があるんだよ。それと今後の方針を決め
ておこうと思ってね」
「えっ、エッチ?」
聞き返して林果は顔が真っ赤になった。
「ふふふ、大きな声で言われるとちょっとね、俺も恥ずかしいよ」
昇も顔が赤くなった。しかしそこで顔と顔とが最接近していたので、そのまま唇を重ね合わせ、時間的には短
かったが、ディープキッスに及んでしまった。短いキスを何度も繰り返した。
欧米ではよくある光景だったが、日本ではまだ完全には承認されていない。案の定、支配人らしき男がやっ
て来て、
「お客様、申し訳御座いませんが、ここではご遠慮して頂けないでしょうか? 野暮な事を申し上げて済みませ
んが、どうか……」
しきりに頭を下げて、止める様に頼んだ。
「ああ、済みません。じゃあ、行こうか?」
昇は『マリナー』の店長の事を思い出して、何だか目が覚めた気がしたのである。
「はい、じゃあ、行きましょう」
約束通りお金は林果が支払った。二人連れ立って、何処のホテルにするかひそひそ話し合いながらレストラン
を出た。
「うーん、しかし何だか恥ずかしいな、ホテルに入るのが」
昇は正直に言った。
「ふふふ、だったらカラオケ屋さんにしない?」
林果は笑いながら言った。それから昇に耳打ちをした。
「カラオケ屋さんでも、エッチは出来るわよ。ホテルは高いから、私の知っている子達は結構カラオケ屋さんでし
ているみたいよ。ムードはあんまり良くないけど」
林果は少しずつ大胆な事を言い始めた。今日結ばれる事は覚悟して来たのだ。勝負下着をバッチリ着込ん
で来た積りである。
「そうだな、それだったら気楽だ。じゃあ、そうしようか? でもこの近所には無いよね?」
昇はカラオケにも余り行った事が無かったので、駅近くのカラオケ屋は知らなかった。
「ふふふふ、大丈夫。ここにはカラオケ屋さんもあるのよ。知らなかった?」
「うん、全然知らなかったよ。まあ、そう何度も来た訳じゃないし、カラオケが目的でここに来た事も無かったしね」
昇は、
『灯台下暗しってこの事だな!』
と、思った。
「ここよ。四階カラオケネプチューンって書いてあるでしょう?」
エレベーターに乗ると各階の案内板が付いていて、確かにそう書いてある。
「ああ、そうか、ネプチューンって、俺は何か別の物を想像していたんだよ。
何かのグループとか酒場の名前
か何かだと思っていた」
「うふふふふ、全然違う訳でもないわね。結構美味しい料理を出すみたいだし。でもここでの意味は海王星の
事らしいわよ」
「へへー、とするとここのレストランとかの名前は、太陽系の惑星とか宇宙探査船とか、そういうものが多いんだ
ね。さっきのレストランはジュピター、木星だったし」
「うふふふ、そんな事より、ねえ、……」
林果はエレベーターで二人きりになると、すぐキスを求めた。昇は数秒間だけキスをした。キスが終ると同時
位に、目当ての四階に着いたのである。
降りると直ぐカラオケネプチューンがあった。カラオケ屋の店員は二人を見て直ぐピンと来て、
「それではX室へどうぞ。御用の節は呼び出しの電話をして下さい。一時間毎に五百円の追加料金となります。
それではごゆっくり」
と、キーを渡した。
カラオケ業界はかつてのブームも去って、営業が非常に厳しく、その一部が安価なラブホテル化しているのは
ご時世というものだろう。それでも潰れる店は後を絶たないのである。
二人がX室にキーを使って入ると、堂々と円形のベットが部屋の中央に置いてあった。一部の壁に大きな鏡が
付けてあって、部屋の色調は赤とピンク。さながらお風呂の無いラブホテルみたいだった。
本気で愛し合っている二人にはちょっと違和感があったが、来てしまったものは仕方が無い。戯れにカラオケ
の真似事をしてみたが、まともな歌はほんの少しで、後はエッチビデオばっかりだった。
「はははは、何か興ざめだね。愛し合っていない二人の為のセックスルームみたいな感じだ。愛し合っていない
から思いっきり刺激しないとムードが盛り上がらない、そんな感じ。まあ、安いから、良しとしようか?」
「うん、さっきの従業員の人、気を利かせ過ぎよね。私達には刺激的な設備は必要無いのにね」
林果はちょっぴり悔やんだ。
「ふう。はははは、何だかしらけるね。飲み物でも飲んで、暫くお話しようか? ベットの上でのんびり行こうよ」
昇はそう提案して、一旦部屋から出て、缶コーヒーを二本買って来た。それを円形ベットに腰掛けて飲みなが
ら、重大な話を始めた。前日のSH教の教会での出来事の一部始終を詳しく話したのである。
「ええっ! それじゃあ、危険なんじゃないの?」
林果は青くなった。
「多分ね。俺の思い過ごしであってくれれば良いんだけどね。だけどどう考えても過剰なサービスだよね。その
見返りは恐ろしい事になっていると俺は思うよ。
十中八、九犯罪が絡んでいると見たけどね。ただ、だからこそ、余り表には出せないと思うんだ。だから俺を
探すとしても、密かに探すんじゃないのかな?」
昇が大変な事件に巻き込まれていると知って、
「私が守るわ。昇を何としてでも守ってみせる!」
唇を震わせながら、重大な決心をしたのだった。