夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                               40


  四月三十日の夜。昇は、
『嫌な事はなるべく早く済ませてしまおう!』
 と思って、香澄とのチャットを始めた。林果に手渡されたメモを見ながら、書いてある通りにした。

「セスのシークレットルームへようこそ!」
 危ない音声等が流れると拙いと思って、最初からヘッドホンにしていたので、結構音量のあるBGMが流れて
来ても慌てなかったが、
「私の裸を見る? YES or NO」
 と、予想通りのかなりいやらしいホームページになっている。しかも裸を見るコース以外だと、先には進めない
様である。

『こいつは一体何を考えているんだ?』
 昇はそこで打ち切ろうと思ったのだが、画面は自動的に切り替わって、チャットが始まった。昇は何故かプリ
ン、香澄はセスというハンドルネームだった。全ては香澄の指示に従っている。

セス:切らないで。チャットを始めますから。
プリン:分かった。悪戯ホームページかと思ったよ!
セス:ジョークよ。でも、ほんとに裸が見れるのよ。スッポンポンのね。
プリン:アホらしい。用は何だ?
セス:私ともデートして!
プリン:嫌だと言ったら?
 そこで香澄は暫く沈黙してからチャットを再開した。

セス:彼女と付き合っても良いから、私とも付き合ってよ。美味しいエッチをしてあげるわよ。私が欲しくないの?
プリン:危険過ぎて付き合う気にならないな。
セス:危険な事なんて無い! 貴方の事が好きなんだもの!!
プリン:俺は何とも思っていない。彼女一筋だ!
セス:変ね。誰かさんとの事も知っているのよ! 彼女には内緒にするから、ね、良いでしょう?
プリン:誰かさんとはもう切れた。別に言っても良いぞ。こういう脅迫めいたやり方は、俺は大っ嫌いだって事を
   知っておくんだな!!
セス:ご、御免なさい! 二度としないわ。もう惚れちゃったのよ。すっかり参っているのよ。ああああ、狂いそう
   なのよ!! 私を助けて!!
 香澄の言葉が本心なのかどうか、昇には分からなかった。

『香澄はうまく利用出来るかも知れないぞ!』
 昇の心の片隅にそんな思惑や、
『あの体は惜しい! 実に惜しい!』
 そんな本能の囁きも聞えて来る。結局完全に断ち切る事は止めにした。林果との事が必ずしもうまく行きそう
も無いからである。悪く言えば滑り止めみたいなものだった。
 しかもSH教という手強い奴等を敵に回すのだ。昇は仲間が欲しかった。林果一人では余りにも心許無い。
自分よりも家族を守りたかった。

プリン:本心が分からない。デートは無理だけど、チャットなら続けても良い。
セス:嬉しい! 継続してくれるのね! 嬉しい! チュッ!! 感謝のキスよ!!
プリン:でも俺に関わっていると、ろくな事にならないかも知れないぞ!
 昇はSH教のことを考えていた。ある程度仄めかす事にした。

セス:どういうこと?
プリン:SH教、スーハー教を知っているか?
セス:勿論知っているわ。テレビで随分CMやっているもの。私は興味が無いけど、貴方は感心があるの?
プリン:ひょっとするとあいつ等を敵に回す事になるかも知れない。
セス:ええええっ!!! それって超ヤバイわよ!!! 宗教団体ほど怖いものは無いって、父も母も口を揃え
て言ってた。ヤクザより怖いって言ってた!
プリン:ビビッたか?
セス:そりゃビビルわよ!
プリン:じゃあそこまでという事で、関係は綺麗さっぱり終りにしよう。
セス:ちょっと待ってよ。それとこれとは別よ!
プリン:怖い事になるかも知れないぞ。詳しい事は今は言えない。聞かない方が良い。君と俺とは何も関係が無
   かった。実際無いんだし、それで良いんじゃないのか?
セス:やだ!! チャットだけは続けて!! ビビっても貴方について行く!!
プリン:勝手にしてくれ。近い内に本当の事を話す。聞いたら後戻りは出来ないかも知れないぞ!
セス:彼女は知っているの?
プリン:勿論。もう他人じゃないからな。
セス:ううう、悔しい!! 私、絶対に諦めませんからね。それでその、何としてでもチャットだけは続けてね!!
  それじゃあ今日はこの辺で……。
プリン:うん、当分チャットは続けるよ。じゃあね!!

 かなり長いチャットは終った。昇はベットに寝転がりながら猛烈に後悔した。
『ああ、どうして彼女を切れないんだ!! どうしてSH教の事を言ったんだ!! 香澄のボディガードを当てに
したのか! ……そうだよ、それが悪いか! 今のままでは家族を守れない! 力が無い! 金も無いし、社
会的地位も無い。せめて頭数だけでも揃えなきゃ、怖くて堪らないよ!! 女でも良い。数が沢山だったら助か
る確率も少しは上がるだろう……』
 しかし途中で開き直った。まるで海の中で群れになって泳ぐ鰯(いわし)みたいな気分だった。弱い者が身を
守る為には、集団を作るしかない。
 一匹で追われたら餌食になるしかないが、何千匹も居ると、助かる確率が高くなる。鰯達はその事を本能的
に察知しているのだろう。

『宗教団体から我が身を守る為には、敵対する宗教団体の力が必要かも知れないな……』
 昇はここに来て漸く別の宗教団体の力を借りる事を思いついた。
『いや、宗教団体に限ることは無い。組織の力が必要だということだ!』
 更に進展させて、宗教団体ばかりでは無く、兎に角強力な組織にすがり付く事を考えていたのだった。

『信念教はどうだろう? 石淵信念さんは話の分かりそうな人だった。しかし彼は金森田と親しそうだったよな。
やっぱり駄目かな……』
 昇は信念を一応頼るべき候補として置いたが、『?』のマークを付けても置くことにした。その後は何時の間
にか眠っていた。

 翌日は昼番である。お昼の十二時から午後七時までの仕事だった。母親には朝食はいらないと言ってある。
セールスなどに来られても面倒なので、玄関には鍵を掛けて行って貰う事にしていた。
「ガチャッ!」
 眠っていた昇の耳に、鍵を掛ける音だけがやけにハッキリ聞こえた。その音を聞いて安心して眠った。

「ピンポーーーンッ!」
 玄関のチャイムが鳴った。午前十時位だった。
『煩いな! 誰も居ないから帰れ!』
 ベットの中で半分夢うつつの中、昇は心の中でそう叫んでいた。

「ピンポン、ピンポン、ピンポーーーンッ!」
 続け様に三回鳴った。
「あああ、もう、煩い! 留守だと言っているのに!」
 仕方無しにパジャマ姿のまま起きて行った。
「はい、どちらさんですか?」
 鍵は開けずに確認する。

「鏡川です。鏡川キラ星です。ちょっと大変な事があって、ここ、開けてくれませんか?」
 キラ星の声に昇はぞっとした。
『とうとう家にまで押し掛けて来たか。ううむ、困ったぞ』
 昇が困ったのは必ずしも嫌だということではない。
『拙いぞ、エッチしたくなっている! ううーん、しかし断念しない訳には行かないしな……』
「ガチャッ!」
 仕方無しに鍵を開けた。

「ああ、お休みだったんですか?」
「うん、今日は昼番でね、お昼からの仕事なんだよ。その、大変なことって?」
 昇はキラ星を家の中には入れずに話をした。相変わらず色っぽい。情欲に負けてしまいそうな気がするので
ある。 

「あのう、これなんですけど、これって昇さんじゃないんですか?」
 キラ星は一枚の写真を見せた。SH教幹部の吉野川英次朗が渡した、写真である。
「えっ! ちょ、ちょっと、家に入ってくれないか」
 写真を見て昇はぎょっとしてそう言った。

「バタンッ、ガチャ!」
 キラ星が玄関に入るや否や慌ててドアを閉めて鍵を掛けた。エッチしたい気分なぞ吹き飛んだ。
「ど、どうしてこれを? ああ、えっと、じゃあ、中へ入って。ここに座ってくれないか? 今、着替えて来るから」
 昇は居間にキラ星を案内して、座布団に座らせた。相変わらずの超ミニスカートで下着のパンティがチラッと
見えてしまったが、もうそんな事に構っている場合ではなかった。

「ええと、これを膝に掛けてくれよ。下着が丸見えだからさ」
 昇はタオルを持って来てキラ星に渡した。
「す、す、済みません。気が利かなくて、うううっ」
 キラ星は何か涙ぐんでいる。昇に嫌われていると感じた様である。

「ああ、別に嫌いということじゃないから。それよりこの写真はどういう事なんだ?」
 薄々想像は付くのだが、詳しい事情は分からない。
「やっぱりこの写真は昇さんなんですね?」
 キラ星は辛そうに言った。

「確かにそうだけど、俺は、どう思われているんだ? 正直に言ってくれないか?」
「はい、その、一応建前としてはSHカードを忘れて行った人という事になっています」
「SHカードを忘れた? ああ、そう言えば確かにカードは貰った記憶があるけど、建前ってどういうことだ?」
「本当は無銭飲食の犯人という事になっています。十万円相当のものを食べて逃亡したという事になっていま
す。嘘ですよね?」
 そうは言いながらも、キラ星は半分は信じている様である。

「無銭飲食だって? へえーっ、そういう事になっているんだ。じゃあ、本当の事は何も知らないんだ。食事代は
無料だと言われて居たんだけどね。話せば長くなるけど聞くか?」
「無料? ……はい、是非聞かせて下さい!」
 キラ星の目に真実を知りたいという厳しさが見えていた。

                 前 へ      次 へ        目 次 へ        ホーム へ