夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ええっ! 信じられない! そんな事をスーハー教がするなんて!」
昇の詳しい説明にキラ星は絶句した。
「俺を信じるか、それともスーハー教を信じるか。いや、厳密に言えば、恐らく金森田という人が問題なのだと思
う。宝本先生のノートの事から考えても、彼が元凶だとすれば一応辻褄は合う」
そう言われても、キラ星には俄かには信じ難かった。そこがまた宗教の怖い所でもある。信じ切っているだけ
に、どれだけ正当性のある主張をしても、頑固に否定し続けるものなのだ。
「……暫く考えさせて下さい。あの、これお返しします。うううっ!」
キラ星は立ち上がると、膝に掛けていたタオルを昇に返したが、愛する男と宗教との板挟みになって苦しんで
いるのか、蒼ざめた顔のまま涙を零した。
「どうも失礼します……」
「ああ、気を付けてね。それでその俺の事は……」
「絶対に誰にも言いません。それだけは約束します。それじゃあ……」
「本当に気を付けて……」
昇に見送られてキラ星は帰って行った。如何にも辛そうな後姿だった。
『さて、ええと、誰も来なかった事にしないと……』
昇は出して置いた座布団を片付けたり、タオルを畳んでしまったり、コロコロ転がす粘着テープの簡易掃除
機で掃除までした。
『キラ星の長い髪の毛なんか落ちていると拙いからな』
そう思って掃除したのである。それからスーパーへの昼番出勤となった。
「お客様、どうぞこちらへーっ!」
他のレジのチェッカー達が叫ぶと渋々そっちへ回る。昇の所におばさん連中が集中するのだ。他にも男の
チェッカーがアルバイトで何人かいるのだが、昇ほどの人気は無い。
「綺麗な男だねえ」
昇をおばさんのお客の一人が独り言の様に言って誉める。
「ああ、ど、どうも有り難う御座います」
昇には理解不能な言葉だったが、とりあえずお礼は言う事にしている。
その日は特に問題も無く終ったが、途中の休憩時間中、主任のメグミに大沢木雪美の首を知らされた。
「ええっ! 首ですか?」
それまで誰にも聞かされていなかったのだ。
「人を罵るのにも限度という事があるわね。でもね会社の方としては彼女を元から辞めさせる積りだったみた
いよ」
「えっと、それはどういう、……」
「会社としては人気者をなるべく雇いたいらしいのよね。貴方を放したくないのよ。貴方が来てからここの売り上
げが確実に伸びているのよ。
雪美さんが居たら貴方が近い内に辞めるんじゃないかって思ってたらしいのよ。彼女、最初から貴方に冷たい
感じだったから。それだったら彼女にはなるべく早く辞めて欲しい。そう思うのが自然の成り行きだわね」
メグミは当然の事として言った。
「うーん、まあ、良くあれだけ人を罵れるものだと思って、呆れたけど、確かに良い事じゃないですね。でも首で
すか……」
昇はちょっと考え込んだ。自分の為に首になるという事が、少し引っ掛るのだ。
『まあ、仕方の無い所だろうな……』
ちょっぴり苦い感情を持ったが、そこまでで忘れる事にした。まだまだ難題が山の様にあるのだ。
仕事も終って帰宅して直ぐに夕食という事になった。一緒に夕食を取りながら、母の水江と話したのだが、
「昇、スーハー教の教会って知ってる?」
「う、げ、げほっ!」
いきなりそう切り出されて、喉が詰まった。
「ふう、ちょっと喉に引っ掛っちゃったよ。ああ、勿論知っているよ。山の方にある教会だろう? 結構有名だか
ら誰でも知っていると思うけど、それが何か?」
昇はとぼけ気味に聞いた。
「その教会でね、とっても大切なSHカードというのを忘れて行った、若い男性がいるんだって。カードを無くすと
何かと大変らしいから、心当たりが無いかって、教会の人達が探しているらしいわよ。
でもドジねえ。そんな大切なカードだったら、肌身離さずに持っていれば良いのにね。ちょっと、お間抜けさんだ
わね。ふふふふふ」
水江は何も知らずに笑いながら話したのだった。
「ふうん、でもそのSHカードってどんなカードなんだろうな? キャッシュカードとかクレジットカードの様な物なの
かな?」
昇はとぼけ続けた。大きさは普通のカードと同じサイズで、白地に青色で大きくSHと書かれているカードであ
る事は勿論知っている。その他にも文字やら何やらが書いてあったがそこまでの記憶は無い。
「さあ、私も詳しい事は知らないけど、スーハー教の教会で発行している、発行部数の少ないとても貴重なカード
で、凄いご利益があるんだそうよ。それ以上の事は分からないけど」
水江も具体的な事は聞いていない様である。
「へえ、ご利益があるんだ。持っていると宝くじでも当るのかな?」
「もう、意味が違うでしょう? ふふふふ、私も欲しいわね、宝くじが当るんだったら」
「それじゃあ考えている事が一緒だろう? だけど見つかったのかな、そのドジでお間抜けな青年は」
昇はさり気無く言って、耳を澄ました。
「それがなかなか見つからないそうなのよ。まあ、私には関係無いし、スーハー教の信者じゃないしね」
「へえ、写、んん、そうなんだ。それじゃあご馳走様」
昇はうっかり自分の写っている写真の事を聞きそうになったが、深入りし過ぎだと感じて、言葉を飲み込んだ。
『危なかったな。ふう、知らん振り、知らん振り!!』
戒(いまし)めの様に、繰り返し『知らん振り』と心の中で言って、自室に戻った。
『相当てこずっているんだな。しかし見つかる可能性は十分にあるな。ふうむ、母さんに言うべきかどうか、やっ
ぱり迷う!』
話さなければならないと思うのだが、怖くもある。決心が付かないままパソコンに向かってメールが来ていない
か調べてみる。
多数の迷惑メールに混じって、林果の新しいハンドルネーム、『トロピカルムーン』から、昇のこれも新しいハン
ドルネーム、『サバイバルキャット』宛に一通来ていた。もう一通、『セス』から『プリン』宛にも来ていた。
『チッ! セスからも来たのか! まあ後で読んで置こう。先ず、林果の方から読んでみよう』
昇にとってセスこと香澄は何かと気が重かった。美しいバラの花である事は認めるが、トゲもやけに大きい。
『彼女は離れた所から眺めているのが一番良いのかも知れないな……』
林果のメールを開きながらふとそんな事を考えた。
「この間は痛かったけど、幸せでした。近い内にまたアレしましょう。ところでSHの件、嗅ぎ回っているらしいで
す。『カ』さんとも連絡し合って、その件に関しては私達、連合を組む事にしました。一人の手には負えませんか
ら。今日、明日中にも行動を起す予定です。
今、私は自宅で勉強しています。メールは外のカフェで。自宅のPCもケータイも父に没収されてしまいまし
た。本当に呆れた父です。
私はやっぱり海外に行きます。父から離れたいのです。出来れば貴方と一緒に行きたい! 父から離れ貴
方と一緒に海外で暮らす方法が無いか、今思案の真っ最中です。不可能ではないと思います! SHの魔手
から逃れる為にも!
トロピカルムーンから恋して止まないサバイバルキャット様へ!!」
『ほう、海外で暮らす、か……。しかし仕事はどうする? 言葉が駄目だし。まあ、頑張れば何とかなるかも知れ
ない。しかし、連合を組む? 『カ』というのは香澄の事だろうね。何をする積りだ? 今日、明日中に行動を起
すって。となると、セスのメールも読んでみるか』
もっと後で読もうと思っていた香澄のメールだが、林果のメールの内容と関連がありそうなので、直ぐに読んで
みることにした。
「大、大、大好きなプリン様へ! 超愛を込めてセスより!
ブチュッ!! ブチュッ!! アア〜ン、ウウ〜ン、もっと、もっと、もっとぉ!!
し、失礼しました! つい本心を曝(さら)け出してしまいました。冗談はさておき、このたび、『リ』さんと共同
戦線を組む事にしました。
私の忠実な僕達に貴方を守って貰うのです。凄腕の男も数名います。どうやって飼い慣らしたかはご想像に
お任せします。
明日から当分の間、貴方のボディガードをしますので宜しく。貴方が外に出てから家に帰るまでの間、ガードし
ます。原則として姿は見せません。三人います。
アカツキ、ハヤブサ、ライジンの三人よ。彼等は貴方をプリンと呼びます。貴方は彼等の頭文字、ア、ハ、ラ
と言って下さい。
『プリン』と言ったら『アハラ』、『アハラ』と言ったら『プリン』と答える。要するに合言葉です。忘れると大変な事
になります。
『プリン(お菓子の)、ア、ハラ(あ、腹)減った! さあ、食べよう!』と、覚えると、覚え易いと思います。
それでは今日はこの辺で。最愛のプリン様へセスより。ブッチューーーーッ!!!!」
「はーーーーあ、はははは、これって冗談? いや、そうでも無さそうだ。プリンにアハラか。うーん、プリンは覚
えたけど、アハラはなかなか。あ、腹減った。ア、ハラ、減った。アハラ、アハラ、うーむ、肝心な時に忘れてな
きゃ良いけどな」
小さな声で呟きながら、ボディガードまでしてくれる事は有り難いと思ったが、
『俺よりも、俺の家族を守って欲しいんだけどな。しかしこれ以上は頼めないしな……』
そう思うと心苦しさを感じた。
「でも、香澄の奴、良い所もあるな。本当に俺が好きなのか? ひょっとすると本当かも知れない。もっとも、こう
やって飼い慣らされるのかも知れないな、ははははは」
昇は複雑な気分でその夜は眠りについたのだった。