夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                               46


「ここで着替えをして貰います。たった今から貴方は、SH教の信者であり、特別会員です。イエスそれともノー
かしら? 向山様に聞いたと思いますけど、イエス以外は魂と肉体とを遊離させて貰います。さあ、どうします?」
 昇の連れて行かれた一室で、ウェートレスだった、今は黒のフォーマルなスーツに身を包んだ女は冷酷な感じ
で言った。

『自由な選択に見えて実際にはノーは無い。ふふふ、とりあえず高校位は卒業しておけば? という言い方に
似ているな……』
 昇は仕方無しに、
「イエス。面倒だから今から言って置くよ。全てイエスだ」
「バシィッ!!」
 途端に女の平手打ちが昇の頬を捉えた。

「生意気な事を言うんじゃないよ! 聞かれた事にだけ答えな! 今度そんな口を聞いたら、あんたの恋人の
命が無いと思え!」
 凄い形相で女は睨み付けた。

「わ、分かった。イ、イエスだ」
 昇は改めて言い直した。如何なる妥協も許さない鉄の掟が背後にある事を昇は痛感した。
「宜しい。じゃあ、先ずシャワー室で体を洗って、このローブを着なさい。貴方の着て来た服は持ち物ごと全て処
分する。さあ来なさい」
 女は数人の彼女の手下と思われる男女と共に昇をシャワー室に連れて行った。

「服を脱いで。この者達がお前の体を調べます。危険物が無いかどうか調べさせて貰うわ。お前は何もしなくて
良い。この者達がお前の体を洗うから。イエスそれともノー?」
 女は顔色も変えずに平然と言った。

「イ、イエス」
 昇は一瞬何か言おうと思ったが、
『林果に何かあったら拙い!』
 そう考えて、堪(こら)えた。

「シャーーーーッ!!」
 服を脱いだ全裸の昇を、数人の男女が体の隅々まで、口の中は勿論、鼻の穴や肛門の穴の中までも調べて
から、洗剤を掛け、シャワーをたっぷり浴びせて洗った。
 それから体中を丹念に拭くと共に、手足の爪を切り、ざっと髪形をブラシで整えてからローブを着せた。慣れ
ているらしくて、三十分ほどで全ての作業は終った。女は顔色一つ変えずその様子を眺めていた。

「紅蛍(べにほたる)様、作業は終了しました。如何なる異常も見られませんでした」
 男が緊張して直立不動の姿勢で報告した。
「うん、分かった。シャワー室の掃除をしておきなさい。お前は部屋の中で少し待っていなさい。こういう時はた
だ、『はい』と言えば良い」
「はい」
 紅蛍は昇の返事を聞いてから部屋を出て行った。

『女の名前は紅蛍というのか、妙に洒落た名前の様な気もするけどな。……それにしてもローブのサイズがピッ
タリだ。予め俺を調べていたんだな。林果や香澄もそうかも知れない。しかし母さんはどうなる? 父さんや夏
江は?』
 昇は何とも辛い気分だったが何も出来る状態ではなかった。
『少なくとも今は耐え忍ぶしかないな……』
 そう感じて紅蛍の次の指令を待った。

 五分ほどで紅蛍は戻って来た。
「大先生自らお前に会うそうよ。くれぐれも粗相の無い様に。怪しい素振りがあったら、そう疑われただけで、
即座に首が飛ぶ事もあれば、死ぬより辛い目に会う事もあるから気を付けなさい。それじゃ行きますから付い
て来て」
「はい」
 昇は従順を演ずるしかなかった。

「向山様、宜しくお願いします」
 サンダルを履かされて外に出ると、タクシー運転手の向山が待っていた。やはり同じタクシーに乗った。どう
やら仕事としてやっている様に見せ掛けているらしい。

 ローブを着た昇は後ろの席に先に乗せられた。その隣に紅蛍が乗った。向山もタクシーの運転手の制服ら
しいものを着ている。
『見事に一般庶民を演じている。なるほど見破れなかった訳だ。のこのこと教会に行ってみた俺が、全くの無
知だったという事か。しかしこの事実を知っている人達が何人いる?
 SH教のキラ星さえ知らなかったんだぞ。いいや、それは言い訳だ。それにしても何故俺に関わった連中が三
人とも死ぬ? 俺が何かしたか? それとも偶然か……』
 昇は車の中でそんな事を感じていた。スーパーでの深夜番の時、夕一と話している最中にふと気が付いた事
だった。

『偶然にしては出来過ぎているよな。しかし何故殺されなければならない? ううむ、さっぱり分からない。宝本
先生だけだったら、あの土地が欲しかったとか、神が存在しないと言うのはけしからん、とかいう理由からだと
すれば何と無く分かる。
 だけどキラ星はSH教の信者だぞ。何も関係があるまい。元刑事の淋代は? 金森田の正体を知っていたと
か、……それを種に脅したとか? 待てよ、脅していたとすれば殺される理由は十分にある。
 それとキラ星は俺から教会での話を聞いて、金森田の正体に疑問を感じた、……探りを入れ様としたとすれ
ば? もしそうだとすれば殺される理由は十分にある事になる。ふうむ、その線かも知れないな……』
 車はどんどん山を登って行ったので、どうやら教会に行くようである。

「さあ、着いたわよ。どうも有り難う、向山様。それでは失礼します」
 紅蛍は丁寧に向山に礼を言った。
「貴方も礼を言いなさい」
 紅蛍は昇に命じた。
「はい。ど、どうも有り難う御座いました。む、向山様」
「へへへ、大分口の聞き方が分かって来た様だな。じゃあ何かあったらまた連絡してくれ」
「はい」
「は、はい」
 昇も追随して返事をした。向山はニヤニヤ笑いながらタクシーを運転して下山して行った。

「大先生はどうしてこの男に直接会うのかしら。私の様な凡人には全然思いも及ばないわね……」
 紅蛍は昇を引き連れて歩きながらそんな事を呟いた。
『へえー、俺は例外なのか? 簡単に言えば手も足も出ない、完敗の状態だ。さっさと殺すなり重労働の刑とか
にするんじゃないのか?』
 昇は不思議な気がした。

「ガチャリ!」
 宮殿の様な外観を持つスーハー教の北地区本部教会であるが、昇が連れて来られたのは人気の無い裏口
の様な所であった。
 良く見るとその様な裏口は他に何ヶ所もあって、一度や二度見た位では、何処が何処やら分からない感じで
ある。
『こりゃ相当に複雑な内部構造があるな。迷路の様にして、逃亡を防ぐ考えもあるのか、或いは逆に外からの
侵入に備えての事なのか、……多分両方なんだろう』
 そこでも昇は色々と推理を巡らしていた。

 昇の想像通り、中は複雑な作りになっていて、階段を登ったり下りたり、部屋に入ったり出たりしてやっと目
的地に辿り着いたのだった。
「紅蛍が特別会員、俗名『林谷昇』を連れて参りました」
 ノックしてからドア越しに紅蛍が言うと、スーッとドアは音も無く開いた。外観は普通なのに中は豪華な宮殿の
一室を思わせる作りであった。
 床は総大理石張り。いたる所に金銀の細工が施してあり、様々な宝石が埋め込まれている。壁に掛っている
絵画は中世の著名な画家の描いたものだろう。見るからに高価そうである。

 その部屋の一番奥の玉座風の席に座っている男の顔には見覚えがあった。宝本賢三氏の通夜の時にチラッ
と見たことのある、確かに金森田玄斎その人であった。
 和服らしい衣装の上に王様を想起させる煌びやかなガウンを身に纏っていた。頭の上には簡素で比較的軽
そうな王冠らしき物が載っている。ただ赤や青の大粒の宝石が幾つか付けられていて何億もする様に昇には
見えた。

「よく来ました。まず君に名を授けよう。君は私の親友だった宝本賢三君と親しかったそうだね」
「はい」
「ならば彼の名前を取って、たった今からSH教正幹部、宝賢(ほうけん)と名乗るが良い。依存はあるまいな?」
「御座いません」
 昇は逆らえなかった。

「あ、あのう、正幹部、で御座いますか?」
 紅蛍は蒼ざめた顔で言った。
「ああ、そうだ。位は君より上になるが、不服か?」
「いいえ、滅相も御座いません。たった今より仰せの通りに致します」
「ふむ、それで宜しい。皆も承知したな?」
 玄斎は周囲を見回した。
「ははーーーーーっ!!」
 彼のボディガードを兼ねた侍従らしき連中が一斉に頭を下げ了承したのだった。昇も紅蛍も一緒に頭を下げ
た。圧倒的な威厳である。

『通夜の席で見た時には、こんな感じじゃなかったぞ。表と裏の顔があるんだ!』
 昇は金森田玄斎の実態を初めて知ったのだった。しかし彼はスーハー教の総帥ではない。北地区の総帥に
過ぎない筈である。
『何だか全体の総帥の様な感じだけどな。違うのかな?』
 ちょっと訳が分からなかった。
『それに、どうして急に正幹部なんだ? かなり位が高いらしいけど、ますます分からない。こりゃ一体どうなっ
ているんだ!』
 昇はちょっと目眩(めまい)を感じた。

「それでは皆の者、席を外してくれ。宝賢と二人だけで話をしたい。一時間、きっちり一時間話をする」
「ははっ!!」
 玄斎がそう言うと、昇を除く全員が部屋の外に小走りに出て行った。全員が出て行ったところで、玄斎は立ち
上って、昇の側までやって来た。

「なるほど、賢三の見込んだだけの事はある。いい面構えだ。立ち話もあれだから、こっちへ来なさい」
「はい」
 玄斎は幾つもあるドアの一つを開いて昇を誘った。小さな簡素な部屋だった。イスとテーブルとちょっとした調
度品位しかない。

 ドアをしっかり閉めてから話し始めた。
「飲み食いは後にして貰う。自分の立場についての説明等は後で紅蛍に聞いてくれ。彼女が君の面倒をみる
事になる。……私の幾つかの質問に正直に答えて貰いたい。良いかね?」
「は、はい、分かりました」
 昇は何を聞かれるのか、かなりの不安を感じたのだった。

             前 へ      次 へ      目 次 へ        ホーム へ