夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「大切なお客様と一緒に、私の個室を使うから宜しくね」
「はい、かしこまりました、紅蛍様」
ウェートレスに簡単に言って、紅蛍は昇を連れてレストランの奥に入って行った。
戻って来たくなかったレストランに、昇は結局戻って来た事になる。しかもSH教の信者の一人として。
『しかし、どうもスースーして気分が落ちつかないな。やっぱりパンツを穿いていないからだろうな。スカートを穿
いた女性がノーパンだとこんな感じになるんだな……』
裸身にローブだけの超簡素な衣装なので、どうも勝手が悪い。男の場合は特にブラブラ下がっているので、
女性の胸以上に揺れて困るのである。
「どうぞ、お入り下さい。この間は入って頂けなくて残念でしたけど、今日は本当に誠心誠意おもてなしさせて頂
きますわ」
ドアを開けて中に入ると、ホテルの部屋の様な感じだった。少し違うとすれば甘い香が漂い、心地良くもどこ
か淫靡なメロディーが流れている事だろう。そしてちょっと驚くのは大画面の薄型テレビが設置してあり、それ
がテレビ電話代わりにもなることだった。食事の注文を紅蛍はそれを使って始めた。
「どれにしましょうか? うふふふふ、驚かれました? ネットでの買い物みたいに、これを使って注文するのよ。
写真では何かと分かりにくいでしょう?
これだとほら調理の様子や実際に食べているシーンまで再現出来るから、料理を選ぶのに殆ど失敗が無い
のよね」
紅蛍は自慢げに話し始めた。
「へえ、これはたまげたな。ここまでやっているレストランは恐らくここだけだろうな。いや、しかし美味しそうだ
な。支払いとかはどうなるんだっけ?」
昇はまだ自分の置かれている情況が、しっかりとは認識出来ていないのかも知れなかった。或いは認識した
くなかったのかも知れない。
「勿論全て無料ですわ。うふふふふ、ちょっと気が早いですけど、さっきも言った様に、これを使って、女の子を
注文する事も出来ますのよ。
実物を画面でしっかり見定めてからね。どうします? 二人っきりよりも、もう二、三人呼んでパーッとやりま
しょうか?」
紅蛍はしきりに複数での淫乱パーティを勧めた。何時もそうしているらしかった。
「いや、先ず腹ごしらえが先だ。昼まっからあれだけど、さっき見たすき焼きが良いな。精力が付きそうだし、こ
れから何があっても先ず体力が必要だからね」
昇はさり気無く紅蛍の注文を外して、十分食べて体力を付けることにした。
『腹が減っては戦が出来ぬだからな。くそ、俺一人だったら、いやせめて林果だけだったら良かったのに、香澄
さんまで人質に取られるとはね……』
昇は自分の行動の鈍さが二人を危険に晒したと思っている。
『最悪の場合は、仕方が無い、俺が犠牲になってでも、二人はなんとしてでも助ける。その方針で行こう! しか
しまだまだ諦めないぞ!』
紅蛍は昇の意志が固いことから、淫乱な行為は後回しにして、すき焼きを四人前頼んだ。食べ盛りの昇には
一人前どころか二人前でも足りないと判断しての事だった。
「ああ、しかし美味しいお茶だね。少し甘味がある」
「ええ、教会独自のハーブティーですから。うふふ、あ、あの、キ、キスしても良いかしら?」
紅蛍は向き合って座っていた席を立って、昇にまとわり付く様にして言った。
「悪いんだけど今はその気が無いから。酒にも酔ってないしね」
「そ、そう、わ、私がお嫌いですか? な、殴ったりしたから……」
紅蛍は昇を平手打ちにした事を気にしている様である。
「いや、別に。……それより色々聞きたい事があるんだけど、答えて貰えるかな?」
「はい、何なりとお聞き下さい。知っている事は全てお話し致します。大先生からその様に仰せつかっておりま
すし」
「ふうん、それじゃあ……」
「お待たせしました。すき焼きセット、松、四人前で御座います」
昇が聞こうと思ったのとほぼ同じ位のタイミングで、ウェートレス二人がすき焼きセット四人前の入った大皿
等を、大きなお盆に載せて持って来た。昇は一旦話を中断した。
ウェートレス達はテーブルの上にコンロをセットしたり、鍋を載せて油を敷いたり、肉や野菜を入れたり、直ぐ
食べられる状態にまでしてから、
「それではごゆっくりどうぞ。何か追加など御座いましたら、テレビ電話でご注文して下さいませ。それでは失礼
致します、ふふっ」
と、笑顔を見せて去って行った。少し気に掛ったのは天井の換気扇の音が少々大きいことだった。煙や湯気
などの処理の為に止むを得ないのだろうがやや興ざめである。
しかしそれは昇にとっては幸いだった。
『ふう、何かとエッチに誘う紅蛍の攻勢に、うっかりすると乗ってしまいそうになる。しらけた気分になって良かっ
たな……』
等と感じていたのだった。
「うーん、美味い! 流石に最上級の霜降りの牛肉だけの事はあるな!」
昇は危機的状況の事も一時は忘れて、美味しいすき焼きに舌鼓を打った。
「ふふふふ、本当に美味しそうに食べるわね。色気より食い気なのかしら?」
紅蛍はエッチの方は半ば諦めて自分もそこそこ食べた。
「はははは、こういう時にビールがあると良いんだけど、きつく止められているからね。まあ我慢しよう。ところで
俺と一緒に捕まった林果や香澄はどうなった? 別々の住宅に連れて行かれたみたいだったけど?」
昇はいよいよ肝心の事を聞き始めた。
『キラ星の事も聞きたいけど、先ず生きている人間の事を聞かなければ! キラ星、ご免!!』
昇は心の中でキラ星に謝罪しながら、人質になっている林果と香澄のその後について聞いてみた。
「残念だけど係りが違うから分からないの。私は貴方の係り。大先生以外は全体の事を把握していないの。こ
の様にして機密が保たれているのよ」
「うーむ、それは残念だな。彼女達に会わせては貰えないかな? テレビ電話でも良いんだけどね」
昇は駄目元で言ってみた。
「分かりました。一応やってみますわ。駄目でしたら御免なさいね」
紅蛍は驚くほど協力的だった。
「こちらは紅蛍。今日から正幹部になられた宝賢様が本日、連れて来られた、林果、香澄の女子二名に会いた
いと申しております。関係者の方は至急手配して下さい」
テレビ電話は女性のオペレーターの姿を写していた。
「承知しました。暫く電話を切ってお待ち下さい。関係者からの連絡が入り次第お繋ぎ致します」
オペレーターは事情を知ってか知らずか、やはり協力的な姿勢だった。
『妙に親切だな。何だか気持が悪い位だ。余命幾ばくも無い俺を気遣っての事か? まあ、サイボーグとしては
生きられるかも知れないけどね……』
それからおよそ十分で連絡が入った。
「こちらはSH教オペレーター室。申し訳御座いませんが、直接お話は出来ません。リアルタイムの映像を十秒
ずつお見せ出来ますが、ご覧になられますでしょうか? それ以上はお見せ出来ないと大先生からの指令が
御座いましたので」
「分かった、それで良いから見せてくれないか?」
昇は紅蛍を差し置いて思わずそう言ってしまった。
「はい、承知しました。ではどうぞご覧下さい」
オペレーターが言うと、直ぐ画面が切り替わり、狭いビジネスホテルの部屋の様な所に一人で立っている林果
の姿が大写しになった。音声が入っていなくて、映像だけだったが、悲しげな表情である。
「ああああ、……林果! 林果!」
情を抑える事が出来なかった。しかし直ぐ香澄の居る部屋に切り替わった。林果の部屋と同じ様な作りの部
屋の中で、いらいらしているのか、何かを壁に向かって投げ付けている。
「香澄さん、ご免!」
昇は画面に向かって謝罪した。そこでもう画面はオペレーター室に切り替わった。
「大変申し訳御座いませんが、ここまでで終了です。後他に御用は無いでしょうか?」
「ああ、今の所は無い。どうも有り難う」
そこでも昇が言った。しかし紅蛍は何も言わなかった。
「ふう、お腹が一杯になったら、何だか眠くなった。悪いけど一人で眠りたいんだ。良いかな?」
目を少ししょぼつかせて言った。
「はい、仰せの通りに致します。ただ私は大先生に貴方の面倒を見るように言い付かっておりますから、この部
屋におりますが宜しいでしょうか?」
「ああ、別に構わないけど、眠る前に一つだけ聞いて置きたい。正幹部というのはどういう役割なのかな。位が
高いとは思うのだけど……」
変に親切なのが気になって昇は一応聞いてみた。
「はい、大先生の補佐役であり、大先生の次の位です。大先生が海外などに行かれていて、ここにおられない
様な場合には、大先生の代りに、種々の命令を下すほどの位で御座います」
「へえ、そりゃ大変だ。正幹部は何人いるんだ?」
「はい、宝賢様を含めて三人おられます。石苅部(いしかりべ)様、道央(どうおう)様です。ただお二人とも、現
在、海外に出張なさっておりますので、ここに残っているのは宝賢様お一人で御座います」
「なるほどよく分かった。ところで紅蛍さんの位は? それからタクシーを運転していた向山さんと、ちょっとやり
あった吉野川さんとかはどうなのかな?」
昇はついでに聞いておく事にした。
「はい、私は準幹部です」
「というと、正幹部の直ぐ下なのか?」
「いいえ、正幹部の下は準正幹部です。私はその下の位です。タクシーの運転手の向山様と吉野川様はお二
人とも準正幹部です。
普通は私の様な準幹部になるだけでも十年以上のキャリアと実績が必要なのですが、宝賢様はああ、本当
に羨ましい、信者となり、特別会員になられたその日に正幹部なのですから。
本来は正幹部ともなると、二十五年以上のキャリアと実績の他に、相当の人望が無ければなれないものなの
ですが……」
紅蛍の目に嫉妬の色が浮かんでいた。