夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「そうなんですか。俺は詳しくは分からないのですが、その、眠る前に後一つだけ、金森田大先生はSH教の
代表幹部ではないと思うのですが、何と無く代表幹部の様に感じられるのですけど、俺の思い違いなのかな?」
昇は気に掛っている事の一つを聞いておこうと思った。
「そうですわねえ、これは内緒の話になるんですけど、事実上の最高指導者なんです。全世界およそ百万人の
信者の頂点に実質上立っています。
でも、色々都合があって、北部地域のトップという事になっています。ただ詳しい事は私の様な下の者には知
らせて貰えません。宝賢様こそ何か知っているのじゃありませんか?」
不思議なことだったが逆に紅蛍が昇に質問した。
「ええっ、俺は詳しい事はそれこそ何も知らない。本当にこれが最後だけど、神のマシンの事は聞いているの
か?」
昇は大体の所は知っているだろうと思って聞いた。
「えっ! 神のマシンって何ですか?」
紅蛍は驚いて聞き返した。
「あっ、いや、何でもない。それじゃあ、お休み。一応二時間位昼寝をするから。でも起きなかったらそのまま寝
させてくれないか。兎に角今日は疲れたからね」
昇はそう言うと、ベットに入って上半身を起したまま下半身を毛布で覆い、着ていたローブを頭の方から脱ご
うとした。
「ああ、私が手伝いますから」
直ぐ紅蛍がやって来て、手伝ってくれた。
「パジャマとかは無いんだよね?」
「はい、ここにはありません。でもお入用でしたら、取り寄せますけど?」
紅蛍はまるで昇のメイドの様に世話を焼く。
「いや、もう眠くて仕方が無いし面倒だから、ローブは側に置いてくれ。じゃあ、申し訳無いんだけど、本当に
お休みなさい……」
そう言っている内に、もう昇は鼾を掻いて眠っていた。
「うふふふふ、何だかまるで、アニメの『のぼっ太くん』みたいだわね。良くこんな情況で眠れるわね。なるほど、
大物だわね。
でも、ああ〜、羨ましい。私が今の準幹部の地位を手に入れるのに、どれほど苦労したかなんて分からない
わよね、この人……」
紅蛍は複雑な心境だった。この後どれだけ頑張っても、正幹部にはなり得ない事を知っていた。
「女は準正幹部までしかなれないのよね。あ〜あ、幾ら差別だと叫んでみても、SH教のきまりを変える事が出
来るのは最高指導者だけなのだから、今で言えば金森田大先生にその気になって貰わなければ、どうにもな
らないのよ。
だから私は彼に身も心も捧げて来たのに、肝心な事になると何時も彼ははぐらかしてばかりいた。とうとう最
近では全然抱いてもくれなくなった。まだ三十にもなっていないのに、もう年寄り扱いなのよね……」
紅蛍は昇から離れる訳にも行かず、仕方なく、コーヒーなど入れて啜っていた。一時間が経ち、二時間が過
ぎても昇は起きなかった。すっかり熟睡している。
『この人全裸で寝ているのよね。あっ! うふふふ、あそこが立ってる。もう、毛布越しでもハッキリ分かるわね、
ふふっ!』
紅蛍は次第に情欲の高まりを感じていた。その情欲を満たす為の正当そうな理由をじっと考えていた。
『もしこの人とエッチして子供が出来たら? その子供の位は? 確か位の異なる者の子供は男なら高い方の
位。女の場合はその次の位ときまっていた筈。
勿論最終的にはという条件付きだけど、そうなったら、私の子供は男だろうと女だろうと、準正幹部までは
ほぼ確実。男だったら正幹部の位も夢じゃない。ふふふ、今がチャンスかも知れない!』
紅蛍は高まる情欲の絶好の口実を見つけた。
『この男の子種が欲しい。でも、拒否されたら? その時はその時よ、ぐっすり眠っている今がチャンス。あそこ
が立っているんだもの、万一誰かに知られたとしても言い訳はたつ。
私がしたのではなく、彼が激しく求めたのだと言えるわ。……でも、さっき言っていた、神のマシンって何?
ああ、駄目! もう我慢出来ない!』
唯一気に掛る言葉があったが、それを忘れて、紅蛍は全裸になって、昇のベットに潜り込んだ。目を覚まさ
ない様に慎重に抱き付いて、昇の体を手で愛撫し、舐め回した。
昇は目を覚ましたが、最初は寝惚けてキスをし、紅蛍を抱き締め、下腹部を押し付けたのだが、様子がおか
しい事に気が付いた。明らかに林果とは異なる体だった。
「うわーーーーっ!」
大声で叫んで、ベットから飛び降りてしまった。
「な、何をするんだ! 約束が違う! 黙って眠らせてくれと言ったろう!」
激しい口調で怒鳴った。
「あ、あの、私を抱いて下さい! さっきはキスをしてくれたのに。急に気が変ったんですか?」
情欲が急激に治まった紅蛍は、何処までも昇から求められた事にする積りのようである。
「やかましい! 服を着ろ!」
そう叫んでから、昇はローブを大急ぎで着ると、小用の為にトイレに入った。
「別に咎(とが)めないから、早く服を着てくれ!」
トイレから出て来ると、かなり険しい表情で昇は言った。
「わ、分かりました。で、でも宝賢様の方から求められたのですからね。そ、それは譲れません」
「この期に及んで、まだ嘘を突き通す積りなのか? 俺は咎めないと言ったんだけど、もう一度言う。咎めない
から嘘を付くのは止めて貰えないか? これが最後の警告だぞ!」
昇の顔は恐ろしい位厳しい。紅蛍はゆっくりと服を着ながら、どうすべきか考えている様である。
「じゃ、じゃあ、私の方から求めた事にしておきます。だ、誰にも真相は言いませんから。それなら宜しいでしょ
う?」
紅蛍のそれが最大の妥協だった。昇は失望した。
「それが宗教者のする事か! がっかりしたよ。インターネットでちょっと調べた事があるけれど、宗教者の不祥
事が後を絶たない。紅蛍さん、貴方もその一人なんだね。
俺は神の存在を信じてはいないけど、もし仮に、SH教の信者の大半が、特に上に立つものが美しい心を持っ
ているのならば、信者になっても良いかも知れないとチラッと考えた事がある。
しかし予想通りというのか、宗教者の持つ呆れるほどのエゴイズムは、やっぱりここでも例外なくあるのだと確
信出来た。逆の意味で勉強になったよ。
……ふう、喉が渇いた、コーヒーでも入れてくれないか? 知っていると思ったけど、神のマシンについては何
も知らないんだね。最高機密なのかな? 彼はそうは言わなかったけどね」
昇は紅蛍を追求する事は諦めて、コーヒーを頼みながら、しかし金森田の言った事に関して首を傾げた。
「はい、コーヒーを、ど、どうぞ。うううっ!」
紅蛍は自分が何か道を踏み外したのだと気が付いて、少し涙ぐんだ。確かに宗教者としては情けない限りで
ある。
己の情欲に負け、更に拒否されると、相手のせいにしたのだから。その背景に昇の異例中の異例の抜擢が
あったとしてもである。
「まあ、兎に角座ってくれよ。ひょっとすると俺が正幹部になった事の真相を知らないんじゃないのか?」
昇はコーヒーを啜りながら、聞いてみた。
「真相? 何の事だか良く分かりません。差し支えなかったら教えてくれませんか?」
紅蛍は本当に何も知らないようである。
「サイボーグって知っているか?」
「ええっ! 聞いた事はありますけど、詳しい事は余り知りません」
紅蛍は昇が何を言おうとしているのか理解出来なかった。一般的に女性はマシンに関する知識は乏しいの
である。
「少し説明すると、まあ簡単に言えば人間の体を機械に置き換えるという事だよ。脳だけを残してね」
「そ、そんな事が出来るんですか?」
「その研究を金森田先生がかなり前からしていたのさ。莫大なお金を掛けてね。数十兆円とか言っていた」
「えええっ! 数十兆円! ど、何処からそんなお金が。有り得ません。数十億円の間違いじゃないんですか?」
紅蛍はキッパリと否定した。
「しかしね、俺は金森田先生から直に聞いたのだから間違いは無い。知らなかったのか? ここに来た連中か
らお金を搾り取っていた事を」
「お金を搾り取っていた? まさか? 先生がそんな事をする筈がない!」
紅蛍はまたしてもキッパリと否定した。
「はははは、それも俺は金森田先生から聞いたんですよ。直にね。何も知らないんだな。組織の中にいると、
かえって分からないのか。
俺は前々からそう思っていたけどね。だから必死になって逃げたんだよ。何度も言う様だけどこれは俺が言っ
たんじゃなくて、金森田先生が言った事だ。
真相の方は後で聞いておけば良い。もう一度神のマシンについて言うと、それは機械の体を持つという事な
んだ、自分の体を捨ててね。脳だけが本物で後は全て機械にする。その様にして最終的には永遠の命を持つ
という事なんだよ」
「え、永遠の命を持つ! そんな事が出来るんですか?」
紅蛍は半信半疑の様である。
「理論的には可能だと思う。ただ本来は倫理の問題があって、そう簡単には研究すら出来ないのが一般的だし
俺もそう思っていた。
ところが神の存在を信じていない金森田先生が、自分が神になるという野望に囚われて、そのマシンの第一
号を遂に完成させたんです。
だけど本当に大丈夫かどうか自信が無い。そこで俺にその実験台になって貰う事にしたんだよ。失敗する
可能性が強いからね」
「そ、それじゃあ、まるでモルモットみたいなものなんですね?」
「そういうこと。流石にそれでは寝覚めが悪いからか、正幹部という位を与えて、労をねぎらう事にしたみたい
なんだよ。死ぬ確率が高いからね」
「あああ、し、信じられない!」
紅蛍は絶句した。そのまま暫く動けなかったのである。