夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ああ、今気が付いたけど、料理の皿とかは片付けたんだね?」
「はい、宝賢様が眠られている間に、片付けて貰いました。その、さっき言われた事は本当なんですか?」
「うん、全ては金森田先生の言った事だ。その為に人質までとった。二人もね」
「私が聞かされていたのとは随分違います。SH教と敵対する宗派のスパイだと聞かされました。この間はここ
を探りに入って来たのだと。大半の者には食い逃げしたという事にしてあると言っておりました。それも嘘だっ
たのでしょうか?」
 紅蛍は自信無さ気に言った。

「嘘も甚だしい。第一、神の存在を信じない俺がどうして敵対する宗派の人間なんだ? それとついでだから
言っておくけど、無政府主義とかそういうのでもない。
 イデオロギーに関係がある訳じゃない。物事を科学的に考える。科学的精神の持ち主だという事であって、
それ以上何も無い。
 ただ人質の命に関わるから、不本意ながらSH教の信者になった。そして不本意ながら、正幹部とかいう位を
了承した。
 怖くて否定出来なかった。林果や香澄さんを危険に晒す事になるからね。明日の今頃俺はサイボーグになる
為の、多分手術を受けているんだろうね。ただ一つだけ気掛かりな事がある」
 昇は辛そうに言った。

「林果さんと香澄さんの事ですか?」
「そうだ。二人を解放出来ないものかな。俺が金森田先生の命令通り、サイボーグになれば、彼女達は用済み
だろう?」
「そういう事になりますわね」
「でも、すんなり帰してくれるかどうか、金森田という男がそれ程甘い男だとは思えない。それと今思いついたん
だけど、あんたもただでは済まないだろうよ」
「ど、どうしてですか?」
「俺と二人きりで長時間いたと言うことは、大先生の秘密を全部知ってしまったとみなされるからさ。先生が人
を殺したことは知っているか?」
「まさか、あ、あ、有り得ない。あったとすれば余程の訳があったのよ」
 またしても紅蛍は衝撃を受けた。もう昇の話しは聞きたくなくなっていた。しかしどうしても聞かずにはいられ
なかった。

「ほ、宝賢様。どういうことかお教え願いませんか?」
 紅蛍の態度は急激に変化を見せていた。尊敬の念が少しだが生まれて来ていたのだった。
「彼は理論殺人をしたのさ」
「理論殺人?」
「ああ、自分の考えが正しい事を立証する為の殺人。俺はその種の殺人を理論殺人と呼んでいる。彼の場合
は神に出現して欲しかった。
 その為に天罰が下る様な、残酷な殺人を自らの手で実行した。彼は叫んだ。『神よ、我に天罰を与えよ!』と。
勿論天罰等ある訳も無く、彼の一縷(いちる)の望みだった、『神の実在性』は、あっけなく砕け散ったのさ。
「ああああ、信じられない。うううっ、ああ……」
 紅蛍は相当の衝撃を受けた様である。昇は更に言葉を続ける。

「それからかなり月日が経ったある日、彼はふと思いついた。『人々は神を欲している!』と。ならば、自らが
神になる。人々の希望『神』そのものに自らがなる。
 そう考えて、俺に言わせればただ単なるサイボーグ。彼に言わせれば、永遠の命を持つ『神のマシン』を作る
のに莫大なお金を使った。数十兆円という巨費だ。
 大先生はそのお金の作り方を話してくれた。悩み事相談の罠を仕掛けて、その誘いに乗って来た者達から、
お金を搾り取れるだけ搾り取ったと。その誘いの罠から巧く逃れた者は俺が初めてなんだそうだ。
 それでご褒美に、正幹部の位と、サイボーグの実験体第一号の栄誉をくれたらしい。どうせ失敗して、ゴミと
して処理されるのだろうがね」
 昇はコーヒーを啜りながら、最後は淡々と語った。

「ううううっ、信じたくありませんが、今思えば、思い当たる節があります。ううううっ、人間のする事ではありませ
んね。どうしたら良いか分からなくなりました。ううううっ……」
 紅蛍は暫くの間断続的に泣き続けていた。

「さあて、そろそろ母親の帰宅時間だ。俺は二十四時間何処へ行っても良い筈だから、一旦自宅に帰らせて
貰う。母親と最後の晩餐をしたいんだけど良いかな? 車の手配とかして貰える? それとも歩きか?」
 昇は少しひょうきんな感じで言った。
「……私の車で行きましょう。申し訳無いのですが、私は大先生を裏切る事は出来ませんので、何処へ行くの
にも付いていきます。それでも宜しいでしょうか?」
「う、うん、仕方が無いだろうね、母に説明するのに骨が折れるだろうけどね。差し障りの無い程度に正直に言
うよ。
 流石にサイボーグの話まではしないけど、俺の見張りだと言わせて貰う。いや、それは拙いか。車の中でそ
の話をしながら行こうか?」
「はい、そう致しましょう。それでは参りましょう。ここの駐車場に私の車がありますから、ご面倒でしょうがそこ
まで歩きます。宜しいでしょうか?」
 紅蛍は本来の位の違いをハッキリさせる、極めて丁寧な言い方になった。

「うん、では行きましょうか」
 昇も多少それに歩調を合わせた言い方になった。外では人の目があるので、それらしくしないと変に勘ぐられ
そうな気がするからだった。

 レストランの奥の個室から再び迷路の様な通路を抜けて、裏口から抜け出したが、来た時とは違う場所だっ
た。
「あれ、来た時と違う所に出たみたいだけど?」
「はい、ここの方が駐車場に近いんです。駐車場も沢山ありますけど、一般来客用や従業員用とか信者用と
か。私共の駐車場は幹部専用の駐車場です。ああ、もう見えて来ましたわ。あの赤い車が私のです」
「赤くてちょっと光った感じだよね。紅蛍に合わせたのかな?」
「ふふふ、当りです。他愛も無い事ですけど。どうぞお乗り下さい」
 紅蛍はドアを開けて昇を乗せた。それから自分も座席に乗り込んでエンジンを掛けた。国産の高級スポーツ
カーらしい。
 内装は相当に立派で、以前乗せて貰った事のある、石淵信念の車と大差無い位手入れ等も良く行き届いて
いる。

「お家に帰られたら、服は着替えても宜しいと思います。帰りにまたローブに着替えられれば良いと思います。
ご自宅に一泊されるのでしょうか?」
「ああ、その積りだ。人間として母に出会えるこれが最後になるかも知れないからね。母がどうするかまだハッ
キリとは分からないけど、なるべく一緒にいる積りだ。時間ギリギリまでね。
 それからまたこっちに戻って来る。その後で人質解放交渉に入る積りだ。……じゃあ、出発してくれ、ああ、
家を知っているかな?」
「はい、勿論知っております。幹部の間では宝賢様は大変な有名人で御座いますから。では参ります」
 紅蛍は何か神妙な感じて車を走らせた。

「ところで、キラ星、鏡川キラ星について何か知っているかな?」
「キラ星さん、元刑事の方と心中されたのでしたね? ……宝賢様ともお付き合いがあったと伺っておりますが」
「ああ、そうだ。ちょっと言い難いのだけど、彼女は俺に夢中だったと思う。だから、少なくとも彼女は自ら望ん
で心中したとは思えないんだけどね。ひょっとすると心中に見せ掛けた殺人事件かも知れないと思っているん
だけど……」
 昇は漸く我慢していたキラ星の事を聞き始めた。

「私の知っている限りの事を正直にお話し致します。彼女は私共の教会に変装して現れました。悩みを抱える
女性を装って。でも、無料休憩所になっている大広間で係りの者と話をしているうちに、見破られてしまったよ
うです。
 ただ私はそこの係りではありませんから、その後彼女が何処へ連れて行かれて、どの様な処分を受けた
のか全く知りません。
 知っているとすれば、準正幹部以上の位の者に限られます。それもその方面の専門の係りの者に限られて
います。向山様や吉野川様でも恐らくご存じ無いでしょう。
 ただ彼女は言わば裏切りものです。その様な者は厳しい処罰を受ける事は必定です。死刑も有り得ます。
SH教が強力な組織力を持っている一つの理由はそこにあります」
 紅蛍の答えは昇の期待を残念ながら裏切ってしまった。

「ふうん、それじゃ殆ど分からないのと一緒だな。じゃあ、質問を変えよう。紅蛍はもしこの間俺が君の誘いに
乗って逃げたりしなかったら、あの後どうする積りだったんだ?」
「えっ、そ、それは、そのう……」
 紅蛍は答え難そうだったが、暫く躊躇った後で言い始めた。

「その、関係を持ちます。一部始終をビデオカメラで撮影して置きます。私の役目はそこまでで終りです。その
後どうなるのかまでは知らされていません。
 一応建前としては真っ当な人間になる為の教育をするのだと聞かされています。ちょっと怪しいとは思ってい
ましたが、先ほど宝賢様に聞かされてどんな酷い事がされているのか想像が付きます。
 ビデオを脅しに使うのですね。『公表されたら困るだろう』とか言って。似た様な事を海外でもやっていると聞
かされています。
 搾りとれるだけ搾り取るのですね。場合によっては保険金目当てに命さえ奪う。知らず知らずの内に巨悪の
片棒を担がされていたなんて、全然知りませんでした。……いいえ、それは嘘です。薄々は気付いていた。
 あの時飲ませたワインは、ブランデーなどをブレンドしたアルコール度数のもの凄く高いものだったんです。
まともなやり方ではないです。犯罪に決っているのに、見て見ぬ振りをしていた。私は最低です、ううううっ!」
 紅蛍は運転しながら自らの罪を認めたのである。ただ昇は運転を誤りはしないかとちょっとハラハラしていた
のだった。

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