夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 紅蛍はかなり泣きはしたが、何とか昇の家に無事に辿り着く事が出来た。
「ただ今。えっとお客さんだから」
 昇の家には車は無いが来客用に駐車スペースは二台分作ってある。そこに車を入れて貰って、二人は連れ
立って林谷家に入って行った。

「の、の、昇どうしたの、その格好! そ、そちらの女の人は?」
 母の水江はかなりうろたえている。彼女は香澄の僕(しもべ)のハヤブサからより詳しく事情を聞いていたの
だ。SH教と昇との間では、極めて厳しい状況にある事を漸く理解し始めていたのである。

「俺はSH教の信徒になった。と言うよりそうさせられた、と言うべきだろうな。ところでハヤブサという人はいる
か?
 色々相談したい事があるんだ。それからこちらはSH教の紅蛍さん。今は俺の部下の様なものだから心配要
らない」
 昇は掻い摘んで言った。

「ハヤブサさんは今出掛けているわ。主の香澄さんと連絡が付かないので、アカツキさんやライジンさんと連絡
を取りに行っています。香澄さんのマンションに行ったみたいですけど。でも、そ、その格好は?」
 水江には昇のローブ姿が納得出来ていないらしい。

「ああ、取り敢えず着替えるよ。それと香澄さんは林果と共に人質になっている。警察に連絡するとかえって危
険な気がする。SH教は手強いからね」
「でも、警察に連絡するのが最善だわ。もう私達の手には負えないもの!」
 水江は蒼ざめた顔でかなり大きな声で言った。

「うーむ、紅蛍さん、先ず母さんの言う通り、警察に連絡してみようと思う。俺は多分無駄だと思うけど、一応や
るだけやってみるよ。良いよね?」
 昇は着替える直前に紅蛍に確認を取った。

「はい、お母様がそう仰るのならそうして下さい。お母様自らが連絡されたらどうでしょうか? 宝賢様は曲がり
なりにも今はSH教の正幹部。昇様の電話ではお母様に信用して貰えないかも知れませんから」
 紅蛍は警察が当てにならない事を薄々知っている様な口振りである。

「わ、分かったわ。私が連絡を入れて置きますから、昇は普段着に早く着替えてらっしゃい。何かこう気色が悪
いのよ、そのローブ」
 水江はSH教のロ−ブを気持悪がった。 

「ああ、今着替えてくるから。紅蛍は、ちょっと来てくれ」
「変な事をするんじゃないでしょうね?」
 水江は紅蛍の色っぽさを警戒した。
「大丈夫、俺の部屋には入れないから」
 昇は実際、紅蛍に部屋のドアの前で待って貰った。単に電話する時、水江が紅蛍の前ではし難(にく)いだろう
と思ったからである。着替えをすると、直ぐまた母の居る居間に戻った。そこには落胆した母の姿があった。

「どうだった警察? その様子じゃ駄目だったみたいだな」
 昇の予想通りの事が起っていた。
「SH教の名前を出した途端に、歯切れが悪くなって、若い女性二人が人質に取られていると言っても、『ご両親
からの捜索願が出ていないので、捜査は出来ません』と、にべも無く断られたわ。
 彼女達のご両親は何をしているのかしら、自分の娘が可愛くないの! 全く信じられないわ。……昇これから
私はどうすれば良いのかしら?」
 水江は混乱していた。SH教が、あの金森田がその辺の事に抜かりがある筈が無いのだ。水江にはそこいら
辺りの事がまるで分かっていなかったのだった。

「俺は明日になったら、戻らなきゃならない。母さんと父さんと、夏江は香澄さんの配下の人達と一緒に何処か
に身を隠して貰いたい。
 ええと、香澄さんの所に連絡してくれないか、ああ、いや俺がやるよ。母さんはこの人と一緒に夕飯の支度で
もしてくれ。というか、一緒にそこの梅ノ木スーパーにでも行って買い物をしてくれ。
 悪いんだけど、紅蛍さん、ちょっとだけ俺の側から離れてくれないか? 電話を聞かれると拙いんだよね。こ
の際少しは正義の為に協力してくれないかな?」
 昇は紅蛍の気持を試してみた。

「は、はい。そ、それじゃあ、お、お母様、買い物に参りましょう……」
 紅蛍は内心SH教の報復が酷く怖かったが、成り行き上後には引けなかった。何はともあれ二人は買い物に
行った。

 昇はすかさず聞いてあった香澄の電話番号に電話した。
「……、プリン」
 少し無言が続いたが、その後でいきなり例の合言葉だった。
「アハラ」
「アハラ?」
「プリン」
「えっと、林谷さん?」
「はい、昇です。ハヤブサさんですか?」
「はい。早速ですがセス様は何処へ行かれたのでしょうか?」
「本当に申し訳ないのですが、SH教の教会の別宅と言うんでしょうか、元の小学校の跡地に出来た住宅に監
禁されています。もう一人桜山林果さんと別々の住宅に監禁されているんです」
「ど、どうしてそんな事になったんですか? 一応事情は聞いているのですけど、詳しく教えて下さい!」
 ハヤブサは怒りに震えていた。

「はい、実は……」
 昇はかなり詳しく説明した。
「そ、そうですか。今、アカツキとライジンもこっちに向かっています。貴方のお父さんと妹さんは安全な場所に
取り敢えず匿われておりますから心配は要りません。
 後一、二時間でお宅に全員集合出来ますから、その時にもう一度善後策を話し合いましょう。ところでその、
紅蛍とか言う女性は信用出来るんですか? いざとなったら裏切るんじゃないでしょうね?」
 ハヤブサは当然の疑問を呈した。

「うーん、難しい所です。確率としては五分五分。その積りで居た方が良いかも知れません」
「そうですね。じゃあ、私も兎に角そっちに行きますから。電話ではやっぱり話が遠くて、ハッキリしない部分も
ありますので。ああ、一応、アカツキとライジンにもケータイで連絡をつけて置きますから。それじゃ」
「はい、お待ちしています」
 昇が受話器を置くのとほぼ同じ位のタイミングで、
「ただ今!」
「ただ今帰りました!」
 母と紅蛍が割合元気良く帰って来たのだった。

「今夜は大勢来る予感がするから、でも料理をする気力が無いから、散々迷ったけど、結局お寿司にしたわ。
それで良かったかしら?」
 水江は心配そうに言った。直接言わなかったが、家族の事を気遣っている事は疑う余地が無い。

「父さんと夏江は安全な所にいるらしいから大丈夫だって。今、電話で連絡があった。それからアカツキさんとラ
イジンさんもここに来るそうです。
 二人とも香澄さんの部下です。ハヤブサさんも入れれば三人来る事になります。お寿司はその位ありますか?
 無かったら買い置いた方が……」
 昇は夕食の心配をしたが、
「大丈夫、そんな事もあろうかと、十人前位は買って来ましたから」
 今度は紅蛍が言った。

「ああ、昇、お金はこちらの人がどうしてもと言って払ってくれたんだけど、良かったのかしらね?」
 水江は相変わらず紅蛍に対して警戒を怠っていなかった。
「うん、紅蛍は俺の部下だから構わないよ。それよりも取り敢えず冷蔵庫に入れて置いた方が良いな。アカツキ
とライジンも後一、二時間してから来るそうだから」
 そう言いながら、昇は自分で寿司を全部冷蔵庫に仕舞った。メンバーが揃った所で一緒に食べる積りだっ
た。

「香澄の手下の三人が来るまでの間、コーヒーでも飲んでいようか? 後一時間位で来ると思うから、今日の
出来事を母さんに教えておくよ」
 昇はそう言うと、紅蛍に少し手伝って貰って、インスタントコーヒーを三人前入れて、居間のテーブルの周りに
適当に座って一緒に飲み始めた。

「今日の出来事なんだけど、……」
 昇は殆どの事を母に詳しく説明した。しかし一つだけ、彼にとってサイボーグ、金森田にとっての『神のマシン』
に関してだけは言及を避けた。
『余りにも刺激が強過ぎる。第一長くても数年で死ぬと分かっているんだからな。迂闊には言えないよ』
 昇にはどうしてもそれだけは言えなかった。

 それから暫くして、アハラの三人、アカツキ、ハヤブサ、ライジンが林谷家を訪れた。全員がトレーニングウェ
アの様な、スポーティな格好だった。三人は思ったよりも相当早く、午後七時頃にやって来たのである。よほど
急いで来たのだろう。

「兎に角腹ごしらえをしましょう。お寿司は大丈夫ですか?」
 居間のテーブルの周りに適当に座って、今度は紅蛍と水江が全員にお茶を出した。それからスーパーのもの
とはいえ最上級のお寿司がテーブルの上に並べられた。十人前ともなるとなかなか壮観である。
「頂きましょう」
 何故か昇の一言で寿司パーティ風な六人の夕食が始まった。

「話は大体伺いました。ここで明日の相談をする前に一つだけ言って置きたいのですが、紅蛍さん、貴方は我々
を裏切らないでしょうね? それだけは何としてでも聞いて確認して置きたいのですが?」
 香澄の僕の三人の中では最年長らしいライジンが重々しく言った。

「はい、私はSH教に愛想が尽きました。自分の罪を償う為にも、皆さんを裏切る事は決してありません!」
 紅蛍は結構大声で叫んだ。自分自身に活を入れる気持ちもあるのだろう。
「分かった、俺は君を信じるよ。それじゃあ明日のこと何だけど、……」
 それからは和気藹々とした雰囲気の中、明日の計画を練った。何度も何度も練り直したのだった。白熱の議
論が終了したのは、午前二時を過ぎてからだった。

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