夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
52
兎に角一眠りしておかなければという考えが一致して、全員五時間ほどの睡眠を取る事にした。水江と紅
蛍は同室に、アハラの三人は以前妹の夏江の使っていた部屋で一緒に眠ることになった。
しかし午前六時頃、玄関のチャイムの音でほぼ全員が起された。神経が高ぶっていたせいか、ちょっとした
異変にも簡単に目が覚めてしまう。
「お早う御座います。片岩倉小姫です。あのう、桜山林果さんがこちらに来ていないでしょうか?」
ここの所殆ど顔を合わせていない、小姫がやって来た。
「あのう、もう一度お伺い致しますが、どちら様でしょうか?」
応対に出たのは母の水江だった。
「片岩倉小姫と申します。桜山林果さんのガードを担当させて頂いております。昨日は私出張致しておりまして、
今朝方早く帰宅したのですが、林果さんの姿が見えないものですから探して歩いております。
お宅様の昇さんと林果さんとは友人と聞いておりますので、或いはこちらにご厄介になっているのではないか、
と思いまして、急遽やって来たのですが、林果は居りませんでしょうか?」
小姫は必死の思いの様である。言葉の丁寧さがその事を表していた。
「林果さんはここには居りませんが、居場所は分かっています。ある場所に監禁されています。複雑な事情が
御座いますので中で少しお話しませんか。これから林果さんと、そのお友達の香澄さんを助け出しに行く所なん
です」
「ええっ! 林果さんは監禁されているのですか?」
「はい。詳しい事は中でお話致しましょう。どうぞ、お入りになって下さい、今鍵を開けますから」
水江は特に警戒もせずに言ったが、アハラの三人と昇とは、ちゃんと服を着て居間の中で様子を伺っていた
のである。SH教の手先かも知れないと思ったからだった。
いち早く起きて服を着ていた紅蛍は、一人だけ水江の部屋の中から様子を伺っていた。SH教に反逆の態度
を示しはしたが、やはり怖かったのである。
「お、お邪魔します」
相当に険しい顔の小姫が現れた。きちんとしたスーツを着たままなのは、帰宅して直ぐにここに来たからなの
だろう。
「済みませんが用心の為に鍵を掛けますので」
水江は相変わらずの無警戒振りで、普通に鍵を掛けた。小姫は靴を脱いで部屋に上がり込んだ。
「どうぞこちらへ。昇の他に女性一人と三人の男性が居りますが、皆さんお仲間ですからご安心を」
「お、お前は、昇、いや、昇さん。り、林果さんを何処へやった!」
小姫は昇の仕業だと早合点した。今はアハラの三人、昇、紅蛍共々居間に立っていた。
「………………」
昇は何も答えなかった。いや、答えられなかったのだ。昇にとって小姫がトラウマの様なもの。詰問されたら
何も言えない。
「やっぱりお前が!」
「うぐぐぐっ!」
言うが早いか小姫は右手一本で昇の首を締め上げて高々と持ち上げてしまったのだった。
「止めえっ!!」
「バシィッ!!」
大声で叫んでも小姫が直ぐ手を離さなかったので、ライジンが軽く彼女の左頬を拳で突いた。それでも相当の
音がして、
「くううううっ!」
思わず小姫は昇を離して頬を左手で押さえると、今度はライジンに飛び掛って行った。
「止めるんだ!!」
小姫の動きは素早かったが、アハラの三人が取り押さえた。素人ではない。黒帯びクラスの男三人相手では、
流石の女子世界チャンピオンでも、取り押さえられてしまったのだった。
「離せ!! この男は林果を誑(たぶら)かして何処かに監禁したのに違いないのだ!!」
小姫は男三人にうつ伏せに抑えられながら尚激しく抵抗した。凄いパワーで男三人で抑えているのが精一杯
だった。
「仕方の無い人ね。貴方、本当に最低だわ!」
水江は小姫の前にペタンと座り込むと、
「パシイッ!」
思いっきり平手で顔を殴った。
「ウグッ、な、何をする!」
小姫が怒鳴ると、
「これ以上騒ぐんだったら、警察に連絡して連れて行って貰うわよ。それでも良いのかしら? 一人合点して訳
も分からずに暴れ回って、人の話を聞こうともしない。まるっきり野獣だわね。
さっき殴ったのは昇にした事へのお返しよ。他人の家に上がりこんで暴れ回って、今林果さんが大変な状態
なのに、そんな事では助かるものも助からなくなるわよ!」
水江は何時に無く激しい剣幕だった。
「う、煩い! あの男が、昇が何かしたのに決っている!」
尚も小姫は激しく抵抗しようとした。
「駄目ね、この人。何とかならない? ライジンさん?」
今度は紅蛍が言った。
「仕方が無い。落としましょう」
ライジンは渋々ながら小姫の首を絞め、気絶させた。それから後ろ手に縛った。それはハヤブサがやった。
その方面に詳しいようである。
舌を噛んだりしない様に猿轡(さるぐつわ)風にタオルを捻って口に噛ませ、更にビニール製のロープで首と
足首を後ろで繋いで縛った。
それらの事は主にハヤブサが紅蛍に手伝って貰ってやった。男だけでやると、何か嫌らしい感じで、ちょっと
気が引けたからである。
「これだったらそう簡単には解けません。姿が見えるのは忍びないですから、毛布でも掛けてあげた方が良い
でしょう」
ハヤブサが言うと、直ぐ水江が毛布を持って来て部屋の隅に置かれた小姫に掛けてやった。それから大急ぎ
で朝食を取った。こんな時はカップ麺は非常に役に立つ。
「さて、昨日考えた作戦だけど、もう一度おさらいして置きましょう。先ず林果さんと香澄さんの救出が第一なの
ですが、警察に動いて貰わない事には。私達の力だけでは無理です。
林果さんのお父さんと香澄さんのご両親に詳しく説明して捜索願を出して貰う事です。昨日はまだ時間が余り
経っていませんでしたから、信じて貰えなかったでしょうが、一晩過ごしましたからね。今日だったら信じて貰え
ると思います。
問題なのはSH教の連中が知らぬ存ぜぬを通す可能性があるという事なのですが、強引にでも監禁されてい
ると思われる、元の小学校の所の住宅に押し入って、二人を見つければ問題ないでしょう。ただ……」
昇は眠っている間にちょっと閃いた事があった。
「ただ何でしょうか?」
比較的口数の少なかったアカツキが聞いた。
「金森田という男はそんなに甘い男ではないと思うのです。昨日俺は二人の様子を見せて貰いました。俺はそ
の時は連れて行かれた住宅にいるものとばかり思っていました。
でも何故わざわざ音を消してその姿を見せたのか。音が入って拙い事は何かと思ったのです。ついさっき気
が付きました。小姫さんが大声で怒鳴っている時に、これだと思ったんです」
昇がなかなか気の付いた事を言わないので、皆は少々じれたが、
「うがぐげっ!」
奇妙な声が聞こえた。
「おや、気が付きましたか。それじゃあ、兎に角ご両親達に連絡致しましょう。それからこの野獣は手に負えな
いので警察に引き取って貰いましょう。それで良いですよね。
ああっと、一つ肝心なこと。昇さんの気の付いたことを聞いていなかった。さっき言い掛けた事は何でしょう
か?」
ライジンがやはりリーダーらしく言った。
「はい、つまり、林果さんと香澄さんは別の場所に居るのではないかと思うんです。声が聞えなかったのは万
一その場所について言われたら困るからだと思うんですよ」
「ははーん、それならピッタリ来る。元の小学校の所の住宅にいると思わせて、実は移動しているという事です
ね?」
今度はハヤブサが言った。
「そうです。頭の良い金森田の事です。警察に通報される事など百も承知なのですよ。警察の捜索が空振りに
終ったら今度は私達が罪に問われることになる。逆に言えばSH教の名声はますます高まるという仕掛けです」
昇もその他の面々も改めて金森田の恐るべき頭脳に脅威を感じた。
「うーん、だとしたらどうすれば良いんですかね?」
今度もライジンが聞いた。
「兎に角、親御さん達に連絡する事です。今言ったことを駄目元で警察の人にも言う方が良いでしょう。折角昨
夜遅くまで対策を考えましたが、ここはやっぱり俺と金森田の交渉を待った方が良いと思います。
俺は一休みしたら紅蛍さんと一緒に教会に戻ります。親御さん達との連絡や警察の人達との協議等は皆さん
にお任せします。この野獣の様な方の始末も一緒にね。私はこの人が苦手なので、早く去りたいと思います。
じゃあまたローブに着替えて、紅蛍さん少し早いけど帰りますよ」
昇は目を覚ました小姫から早く逃れたいと思っていた。
「それじゃあ、後を宜しくお願いします」
「お世話になりました。それでは失礼します」
身支度を整えた昇と紅蛍は、来た時と同じ赤いスポーツカーで、やはり彼女の運転でSH教の教会へ戻って
行った。昇にとっては地獄に行くのに等しかったが、林果の身を守る為には止むを得ないと感じていた。
後に残ったアハラの三人と、水江はそれぞれの仕事をこなし始めた。水江とハヤブサは主に小姫を見張って
いた。ライジンとアカツキは警察に小姫の暴力行為を報告したり、林果の父親や香澄の両親に連絡を取って、
彼女達がSH教の連中に拉致監禁されているらしいことを伝えたのであった。
それから数時間後、警察も、捜索願が出されたり、SH教の幹部の者が、林果と香澄の行方不明に関与して
いる疑いが出てきた事から、動かざるを得なかった。
しかしそれらの全ては、金森田の想定の範囲内の出来事に過ぎなかったのである。彼の野望は着々と達成さ
れつつあったのだった。