夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ピンポーンッ!」
 林谷家では警官の到着を待っていた。
「警察の者ですが、玄関を開けてくれませんか?」
 丁寧な言い方で警察官らしい者が、数名玄関先に立っていた。

 水江が覗き穴から見ると、私服の刑事らしい者が立っているし、手前の男は警察手帳らしきものを提示して
いる。
「あのう、お名前を仰って下さい」
 多少の用心をして、やって来る刑事の名前を予め聞いておいたのである。

「はい、私は柴田、柴田良太郎と申します。女性の暴漢がいると聞いて、やって来ました」
「はい、今開けますから、少々お待ち下さい」
 水江は辻褄も合っているし、名前も聞いていた通りだったので安心してドアの鍵を外した。

「暴漢は取り押さえて、縛っていると聞きましたが、大丈夫ですか? 怪我は御座いませんか?」
 覗き穴から見た時には三人しかいなかった筈の警官は気が付いてみると七、八人以上はいた。
「女子の格闘技の世界チャンピオンだと聞きましたので、腕自慢の猛者達を引き連れて来たのですが、その女
は何処にいますか?」
 そう聞いた柴田良太郎が警察官達のリーダーの様である。

「はいこちらです。どうぞ、お入り下さい」
 水江は警官達を居間に案内した。
「ええと、この人達は?」
 良太郎はアハラの三人を見て言った。
「はい、行方不明の香澄さんのお仲間ですわ。そこの女の人が暴れてどうしようもなかったので取り押さえて下
さいました」
 良太郎は一応頷いたが、直ぐには小姫を捕え様とはしなかった。

「詳しく事情を聞きたいので、全員署までご同行願いたい」
 水江とアハラの三人には、寝耳に水の様な良太郎の言葉だった。
「ええっ! どういうことですか? 事情をお話しするだけなら私一人で十分だと思うのですが?」
 ライジンが納得行かない感じで言った。

「申し開きは署で聞く。素直に同行しない場合には公務執行妨害で逮捕しますよ!」
 良太郎の言葉は非常に厳しいものになった。しかも、警官は後から後から部屋に入って来る。もう十五人を
越えているだろう。
「な、何かの間違いじゃないんですか?」
 水江は青くなって言った。

「桜山万太郎氏から、娘さんの林果さんと、彼女のガードを担当している片岩倉小姫さんの二人が、何者かに
よって、拉致監禁された模様だと電話があった」
「そ、そんな馬鹿な。話が全く違う!」
 大声で叫んだのはハヤブサだった。

「我々にも君達の言い分と万太郎氏の言い分と食い違っていて、判断出来ない。従ってどちらの言い分が正し
いのか、署に来て貰って、事情を聞きたい。そういう事だ」
「あのう、私達は香澄さんの部下の様なもので、香澄さんがスーハー教の人に拉致監禁されたと聞いているの
ですが、彼女のご両親にもその事をお話して了解して貰っていたのですけど……」
 アカツキが自信無さそうに言った。

「我々の聞いた話と大分違いますね。久米原香澄さんのご両親からの訴えでは、怪しげな三人組の男達に拉
致され監禁されたと聞いています。
 ここに丁度三人いますね。まあ偶然という事もあるかも知れません。これが最後です。大人しく署に来ますか、
それとも抵抗しますか?」
 良太郎は最後通告をした。

「分かりました。事情を説明すればきっと分かってくれる。大人しく行きますから、皆もそうしてくれないか?」
 ライジンは観念して他の二人にも同意を求めた。
「分かった。一緒に行くよ」
 ハヤブサは直ぐ従った。
「うううう、どうしてこんな事になるんだろうな、あの、俺も行きます……」
 アカツキは渋々従った。
「あの、私もですか?」
 水江は自分は違うと思いたかった。

「申し訳無いんだけど、全員から詳しく事情を聞きたいので、ご同行願いませんか?」
 年配の女性に対しては良太郎も気を使った。
「分かりました。ここは暫く空き家になりますけど、大丈夫でしょうか?」
 水江は留守にする事が気掛かりだった。  

「署の者が多数残って、留守をしますから大丈夫ですよ」
 良太郎は少し嘘を言った。家捜しをして関係書類を押収する積りなのだ。既に裁判所に手配はしてある。許
可が下り次第捜索する予定だったし、アハラの三人組は逮捕する積りだったのだ。

「それじゃあ、空き巣なんかに入られない様に、宜しくお願い致します」
 裏の事情を知らない水江は、良太郎を信じてアハラの三人組や、縛られていた縄等を解かれた小姫と一緒
に警察署に行った。
 少し気になったのは、アハラの三人組が部屋の外へ出た直後に、縛られた状態の小姫を、警官の一人が写
真に撮っていた事だった。それが証拠として重要な意味を持つものである事を水江は知らなかった。
『どうして写真に撮るのかしら? まさかそういう趣味があるんじゃないでしょうね? まさかねえ……』
 等と、まるで別の事を考えていたのである。

 林谷家の重大な情況の変化を知らない、昇と紅蛍は、金森田の豪華な部屋で彼と会っていた。
「約束を違(たが)えずによく来ました。紅蛍、ご苦労だった。暫く昇君と、あ、いや、宝賢君と二人きりで話があ
る。自分の部屋で休んでいてくれ給え。追って沙汰がある」
「は、はい」
 紅蛍は金森田の前では借りて来た猫の様に大人しかった。一度は命を懸けて忠誠を誓った相手である。逆
らう事は出来そうも無かった。

「さてこの間の様に、私のプライベートルームで話をしよう。今日はごく短い。と言っても三十分は掛るだろうがね」
 金森田は何とも余裕のある喋り方だった。
「ああ、分かった。俺にも少々言いたい事がある」
 昇は負けていられないと思った。

「まあ、そこに掛けてくれ。先ず単刀直入に言おう。君が神のマシンに乗り込む為の手術を受ける手術台に乗っ
た時点で、香澄君は解放する。更に全身麻酔を受けた時点で林果君も解放する、その条件でどうかね?」
 金森田は昇の言いたい事を十分に考えていた様である。昇が林果の解放さえ容認されれば、自分は犠牲に
なっても良いと考えている事をすっかり見通していたのだ。

「本当に約束を守ってくれるんだろうな? もしそれが本当だったら、俺はあんたの言う事を聞いても良いと思っ
ている」
 昇はちょっと拍子抜けした。約束した振りをして、結局皆殺しかも知れないと思っていたからである。

「ははははは、宝賢君は私が約束を守らないと思って、色々と画策したらしいけど、心配は要らん。これから二
時間林果君と自由な時間を楽しみたまえ。彼女は今、この教会の一室に居る。気の毒だがその部屋からは抜
け出せない。
 ただし、間違っても心中などはしないで貰いたい。もしそんな事をしたら、私も切れて君の母親が残忍な死に
方をする事になる。彼女はいずれ警察のご厄介になって、拘置所に入れられる。
 ところが警察署は大抵の事だったら、私の意のままになる所なのだよ。表向きは違うが、隠れスーハー教の
信者がかなりいるのだからね」
「ええっ、隠れスーハー教?」
 昇は意表を突かれた感じだった。頼りにしていた警察が当てにならない事を思い知らされたからである。

「ははははは、私の頭脳を舐めて貰っては困る。君を解放したのにはちゃんと理由があるのだよ。二十四時
間好きにして良いと言ったのにはきっちりした訳がある。幾ら君でも、単なる恩情だとは思わないだろう?」
「そ、それは、まあ……」
 昇は金森田にしてやられたと思った。恩情に近いものだと半ば信じていたのだ。

「つまり、二十四時間君を解放することで、私に敵対する者達を焙(あぶ)り出す、その積りだったのさ。案の
定、紅蛍は私を裏切った。例えば君の家には数多くの盗聴器が我々の手の者によって仕掛けられている事を
知っているかな?」
 金森田は自信満々で言った。

「し、知らなかった!」
 昇は悔しそうに唇を噛んだ。同時に紅蛍の身を案じた。
「はははは、紅蛍の身を案じているのだろう? 何とも優しい良い男だなお前は。だから女に持てる。宜しい、
お前のその優しさに免じて、紅蛍の死刑は無しにしてやろう。安心したか?」
「ま、ま、まあな」
 すっかり心の中を見透かされている。昇はぞっとした。

「さて詰まらん話はここまでにしよう。それじゃあ、林果君とご対面と行こうか」
「本当に会えるのか?」
 昇には信じられなかった。
「ふふふふ、この奥の部屋に行ってみたまえ。これが鍵だ。二時間経ったら情け容赦なく、君を迎えに行くから
ね。もう一つ私は鍵を持っているからね。
 もう一度念を押しておく。万に一つも逃げ出そう等としたら、君の母親は地獄の苦しみに喘いで死んで行くこ
とになるからね。その事を覚えておく事だ。それじゃあ、二時間後にまた会うことにしよう」
 金森田は部屋の外に出て行った。

「ガチャリ!」
 昇は恐る恐る部屋の鍵を開けた。簡素で殺風景な部屋の奥の扉の向こうはふかふかの絨毯(じゅうたん)の
敷いてある、甘い香りのする部屋だった。
「ガチャリ!」
 昇はドアを閉めて鍵を掛けた。透け透けの感じのネグリジェを着て立っていたのは、懐かしささえ感じる林果
だった。

 ぼんやりと立っている林果の悲しげな表情は、ついこの間会った時よりも数段色っぽく、美しかった。誰にも
彼女を取られたくなかったし、見せたくも無かった。激しい独占欲が鍵を掛けさせたのだった。

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