夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「これは症状が出て来てしまいましたね。早く手術した方が良い」
 昇の病歴などを十分に調べてあった主治医らしい五十才位の男が言った。昇は自力で歩く事も出来ずにとう
とう車椅子で運ばれる事になった。
 見た感じが殆ど病院の様な所であって、折り畳まれた車椅子もエレベーターの出入口付近にちゃんと数脚置
いてある。

「しっかり! 直ぐ楽になりますからね! いずれ遅かれ早かれ手術の必要があったのよ。貴方は必ず助かり
ますから!」
 女性看護師が車椅子を押しながら励ました。
『何だかニュアンスが違う気がする……』
 やや呼吸も荒くなった昇は女性看護師の言葉が理解出来なかった。

「手術の準備に二時間位掛るから、それまで辛抱して下さいよ。浣腸を掛けたり、色々な検査が必要ですから
ね」
 今度は男の看護師が昇をベットに乗せながらやはり励ます感じで言った。
「………………」
 昇は軽く頷いただけで言葉を発する事は出来なかった。全身がだるく熱っぽくもあった。しかし医者や看護師
達は治療は一切していない。一番主要なのは血液検査の様だった。

『何時になったら終わるんだろう?』
 昇は尿意を催したが、声が出なくて困った。しかしベテランの看護師はもぞもぞと動く昇の様子から尿意があ
る事を悟って、尿道から直径数ミリのゴムのホースを挿入して、膀胱から直接尿を排泄させた。
 体力が弱って自力で小便をする事が難しい時には、この方法が有効なのだ。尿の検査もこれ幸いと行われた
様である。   

 二時間で準備出来ると言ったが、実際には四時間以上も掛った。食欲は殆ど無く、時折吐き気を催したりも
した。しかし既に胃の中は空っぽで、唾(つば)以外は何も出て来なかった。
 金森田は暫くその場に居たが、時間が掛りそうだと思うと、
「手術が始まる頃にまた来るから、その時は呼んでくれ。私は自分の部屋で休養を取っておるからな。全身麻
酔を掛ける前に呼んで貰いたい。頼みましたよ」
 そう言うと席を外して、手術の準備室から出て行った。

 午後六時過ぎ位だった。金森田が自室から呼び出されて準備室に入った。主治医は今回の手術についての
詳しい説明を主に昇に向かって話し始めた。
「これから行う手術は、林谷昇君の延命の為に行われる。君も知って居ると思うが、活性化した病原体R1は現
在治療法が見つかっていない。
 そこで我々はR1に侵された君の身体と、まだ侵されていない君の脳及び延髄の一部を切り離し、人工的に
作られた擬似的身体に移植するものである」
 主治医は物凄い事を平然と言った。

「我々は長い研究の結果、最低でも三年の延命効果があると確信するに至った。もしこのまま放置すれば、貴
方の寿命は長くても三ヶ月であろうと思われます。
 従って倫理的にもこの手術になんら問題は無いと考えます。しかし世間一般の常識ではこの考え方は、つ
まり人工の身体に脳と延髄とを移植するという方法はまだ受け入れられていない。
 そこで我々は一般的な了承を得ないままにこの手術を強行せざるを得ないのである。昇君、辛いかも知れな
いが、うまく行けば三年どころか三十年、或いはそれ以上も生き続けられるのだ。そこの所を理解して欲しい。
 それでは麻酔を掛ける事にしますが、金森田大先生、何かお話が御座いましたらどうぞ今の内になさって下
さい。麻酔を掛けてからでは当分話が出来ませんので」
 主治医は自らの正当性を主張して金森田に手術前の最後の会話を許可した。

『言っている事は立派に聞えるが、正当なことじゃないぞ。病原体が活性化してしまったのはお前達のせいな
のだからな!』
 昇はムカついたが、最早逃げ出す事は不可能だと思って覚悟を決めた。確かに理由はどうあれR1が活性
化してしまったら、非常に危険なのだ。
 直ぐに治療を受ければ良いのだが、このような情況ではそれも難しく、助かる可能性は低い。何時間も安静
にしていたからか少し体力は回復して来た様である。

「さていよいよ手術だが、万一という事もある。何か聞いて置きたい事があったら、何でも言ってみなさい。出
来うる限り正直に話すから。但しせいぜい五分程度だがね」
 金森田は昇に多少の不憫さを感じたのか、本当の事を言いそうな感じだった。
「ああ、それなら、二、三聞きたい事がある。先ず宝本賢三先生の事だ。彼は殺されたんじゃないのか?」
 昇は半ば死ぬ覚悟で言った。

「その疑いはもっともだが、あれは事故だった。但し、彼を小学校に連れて行ったのは、そう命じたのは私だ。
私は彼の家の土地が欲しかった。
 しかし彼は海外に逃亡しそうだったので、何とか説得しようと思って、廃校になった小学校に人をやって連れ
て来て貰った。
 私達は幼い頃、あの学校で勉強したのだよ。いわば母校なのだ。私と彼は懐かしい校舎の二階で最後の話
し合いをした。
 しかし結局交渉は決裂して彼は怒って階段を走って降りようとした。子供の頃を思い出したのかも知れない。
だが若くも無く泥酔状態に近かったから足を踏み外して階段の一番下まで転げ落ちた。
 打ち所が悪かったのだろう、瀕死の重傷だった。私は救急車を呼ばなかった。自分が罪に問われる恐れが
あるとそう思ったからだ。魔が差したとしか言い様が無い。
 無二の親友だった彼は永遠に私の前から姿を消してしまった。私は罪を君になすりつけようとした。君は若く
犯罪歴も無い。悪くしても執行猶予位で済む。
 いや、弁護士の腕が良ければ不起訴処分という事も有り得る。それで一件落着の予定だった。ところが、君
を取り調べた刑事、淋代重厚という男がカラクリに少し気が付いたのだろう、こともあろうにこの私を脅して
来た。
 最初は数万程度だったので、渡して置いたのだが、段々図に乗って数百万の金を要求して来たから、始
末する事にした。
 彼は刑事を辞め、強請(ゆすり)たかりで生計を立てる積りだったらしい。はははは、馬鹿な男だ。裏切り者
の鏡川キラ星と心中を装って死んで貰ったのだよ。おっと、少し喋り過ぎたか。他に何か聞きたい事はあるか?
 もう一つ位なら良いぞ」

「林果と香澄さんは約束通り助けてくれるんだろうね?」
 昇は賢三やキラ星の事件が大体推測通りだったので、それで満足する事にした。心残りは人質の解放である。
「既に香澄君は解放した。これから麻酔を掛けるが、その後で林果君も約束通り解放する。それで文句はある
まい?」
「ああ、それを聞いて安心した。それじゃ麻酔を掛けて下さい」
 昇は進んで手術を受ける事にしたのだった。

「それじゃあ、体を海老の様に丸くして、……」
 全裸の状態に手術用の布を掛けただけの状態で、昇は背を丸めた。何人かの看護師達が手伝って、出来
るだけ背を丸くした。
「ちょっとチクッとしますけど、そんなに痛くありませんから」
 露出した背中の背骨の継ぎ目にやや太めの注射を主治医がした。背を出来るだけ丸めさせるのは背骨の
継ぎ目をなるべく大きく開いて注射し易い様にする為である。
 それが不十分だったり、何番目の継ぎ目に注射するかを間違えたりすると、下半身不随などの重大な障害
に繋がる恐れがあるので、一人に任せず複数の医師が十分に確認して行う。

「うっ!」
 ズキッと来たが我慢出来ないほどではない。全身麻酔の時は大抵この方法が取られる。ただ人によっては、
『全身に電気が走るほど激しく痛い』場合もあるが、昇はさほどには感じなかった。
「麻酔が効いているかどうか、ちょっと針を刺してみますよ」
 女性の看護師が医療用の針を太腿にちょっとだけ刺してみる。

「痛いですか?」
「はい、ちょっと痛いです」
「それじゃあ、手術室に運びましょう。それからもう一度針を刺してみますからね」
「じゃあ、皆さん、参りましょう!」
 主治医の号令で、昇は車付きのベットでメインの手術室に運ばれて行った。その途中で昇の意識は無くなっ
た。麻酔が効いて深い眠りに落ちて行ったのだった。

 医師も看護師達も皆熱心なスーハー教の信者であり、金森田玄斎を神と崇(あが)めるもの達だった。
『我は神のマシンを作る!!』
 彼らは玄斎のその言葉に無上の喜びと興奮とを覚えていたのだった。例え法律に違反する事であっても、玄
斎のすることは全て正しいと信じた。

 そして今彼らが手術しているのは玄斎に次ぐ位の高い男である。昇は彼らにとっては神に近い存在なのだ。
「絶対に失敗は許されない!」
 彼らはその心意気に燃える様な情熱で、史上初の手術に挑戦していたのである。玄斎が昇を正幹部に据えた
のは、その様に『神のマシン』作りに情熱を傾けさせる為でもあったのだ。

 昇の手術には総勢三十余名が関わっていた。八時間ずつ三交替で手術は延々と続いたのである。昇の体
から脳と延髄を取り出すだけでも数日掛っている。
 更にその脳と延髄を用意してあった人工の肉体に収納するまで一週間以上掛っている。勿論その間、間違っ
ても死ぬ事の無い様に、常に新鮮な血液を循環させながらの難手術だった。

 手術が始まってから約三週間後、神経や血管の結合等の作業も無事に終って、遂にそれは成功の内に完
了したのである。
 昇の脳と延髄以外の体は、病原体R1の活性化による急性発作でショック死した事になった。頭部の傷はR1
の出す毒素から脳を守る為に緊急に行われた手術の跡だという事になった。
 不審に思った昇の家族や林果や香澄達は検死を求めた。彼らの求めに応じて検死は行われたのだが、そ
の検死官はそもそも隠れスーハー教徒だったのである。医療解剖の結果は当然ながらR1の毒素によるショッ
ク死に間違いないということになったのだった。

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