夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「あ、あのう、失礼ですがお名前を仰って頂けないでしょうか? 一応決りになっておりますので、その、私は
キャサリン・ネーデルと申します」
「ああ、そうですか、私はトーマス・青木と申します。こっちがジェフ・ブライアン、それからそっちのごついのが
ガルダール・ギナズスン」
「ええと、トーマス様で御座いますね、少々お待ち下さい……」
キャサリンはケータイ電話でライジン、本名家来陣矢(やらいじんや)を呼び出した。数分で年季の入った黒
帯びに比較的新しい道着を着用したライジンが現れた。次いでアカツキも同様のスタイルで現れた。ハヤブサ
は今日はマンションで子守である。
アハラの三人衆は交代で林果の息子の昇一の面倒を見る事にしていたのである。
「ええと、道場主をしております、家来陣矢と申しますが、何かお疑いがあるとかで。……ここで立ち話もなんで
すから、小道場の方で詳しくお話をお伺い致しましょう。どうぞこちらへ」
ライジンは三人を見てもさして驚かなかった。
『やっぱり来たか。狙いは金か、それともライバル道場からの回し者か?』
こういう手合いが来る事は予め予想していたのだった。
「どうぞこちらへお入り下さい」
ライジンの案内した部屋は畳二十畳敷ける程度の小さな、正に小道場だった。そこには数人の有段者達が
いた。
「ここは黒帯の者だけの入れる上級者の部屋です。まだ道場が出来て間もないので、他の流派で黒帯だった
もの数名が居るだけなのですが。
……そうですねえ、一対一で勝負してみましょうか? こちらが負け越したら、道場を閉めましょう。もし勝ち越
したら、ちゃんとした拳法の道場だと認めてくれますよね?」
「ああ、それで良いだろう。ただし、卑怯な真似はするなよな」
トーマスはこの種の事に経験が豊富な様であった。
「はははは、その必要があるとも思えませんが。ところでその様なラフな格好での試合は困ります。当道場指
定の道着を着て欲しいのですが宜しいでしょうか? 勿論無料でお貸し致しますから」
ライジンは何とも余裕で言った。
「へへえ、随分余裕綽々(しゃくしゃく)なんだねえ。その余裕が何時まで持つかな。じゃあ、そうさせて貰おうか。
着替えは何処でやりゃあ良いんだ?」
「この部屋の奥が着替え室になっています。大小の道着が揃っていますから、どうぞご自由に着て来て下さい。
帯は黒帯、ブラックベルトと言った方が分かり良いですか? かなりの腕をお持ちのようですから、遠慮なくブ
ラックベルトにして下さい」
「ああ、そうさせて貰おう、おい、着替えるぞ!」
トーマスは一緒に来た二人に言った。
暫くすると三人は道着をビシッと決めて現れた。かなり腕が立つ事は疑う余地が無い。
「それじゃあ、最近ここに来たばかりのラッキー君に時計係をして貰います。お互いに貴重な時間を割く必要も
無いでしょうから、一試合三分ずつでどうでしょうか?
一般的なフルコンタクトのルールで。つまり男子の急所への攻撃や、髪を引っ張ったりすることや、顔面への
攻撃は無しにして戦う事で」
「ああ、良いとも。審判はどうする?
「まあ、判定にはならないでしょうし、お互いブラックベルトなんだから、そこは良識を持ってやれば良いんじゃ
ありませんか? ここはちょっと狭くて審判が邪魔なのでね」
ライジンは相変わらずの余裕で言った。
「よし、じゃあ、それで決りだが、初っ端は誰にする?」
「こちらは赤木島夕一君にお願いしましょう。もし彼が勝ったら、三人目も彼にしますが良いですか?」
ライジンは思いがけない事を言った。
「な、何だって! まあ、良いだろう。赤木島とやらがもし負けたらどうする?」
「はははは、その時は、この私が戦いますが、負けたら終りですから、勝ったとして、その場合は私が二回連続
で対戦しましょう。
どうせ、二敗したら終りなのですから、同じことですよ。どちらかが二連勝したらその時点で終りで良いですよ
ね?」
「ああ、それで良いだろう。しかし後悔するかも知れんよ」
「はいはい、それでは始めましょうか。そちらは誰にするのですか?」
「ガルダール、お前がやれ」
「イエース。ヘヘヘへ、トコロデ、ツカマエテモイイノカ?」
巨漢のガルダールはニヤニヤ笑いながら言った。
「はい、勿論。関節技、絞め技、投げ技、何でもオッケーですよ。さっき言ったルールさえ守ればね」
相変わらずライジンは余裕のある言い方である。その割りにアカツキの方は無言だった。多少緊張している
様でもある。その様子を気後れしていると思ったガルダールは、かなり余裕を持って戦いに望んだのだった。
「ソレデハ、ハジメテクダサイ」
何とも無気力に近くのハイスクールに通うラッキーは言った。
「ソリャ!!」
ガルダールの叫び声は相手を威圧するのに十分なほど大きかった。それに反してアカツキは全く無言のまま、
動き出したのだった。
「ヒュッ! バシッ! ヒュッ! バシッ! ……」
アカツキの動きは素早く、ガルダールのスピードでは到底捕まえられなかった。パンチや蹴りが面白い様に
何発、何十発も腹部や足に見舞われる。
「ウウウッ、クソッ!!」
ガルダールは悔しがったが、アカツキのスピードに付いて行けずに、
「バッターーーーンッ!!」
二分余りで倒れるともう起き上がれなかった。ジェフが部屋の隅に引き摺って行って、状態を気遣った。
「赤木島君の勝で宜しいですか?」
ライジンは全く余裕だった。
「くっ、ま、まあ、良いだろう。よし、次は俺がやる、相手はお前だな?」
トーマスはアカツキが予想を遥かに越えて強いことに驚いていた。次に負けたら終りなので、仲間内で一番
強いと自負している自分が勝負する事にした。
「はい、じゃあ、ラッキー君頼みますよ」
「ソレデハ、ドウゾ、ハジメテクダサイ」
相変わらず気力のない言い方でラッキーは試合開始を宣言した。
「ウリャーーーーッ!!」
幾分やけくそ気味にトーマスはライジンに向かって突っ込んで行った。
「ハイッ!!」
ライジンは一歩も引かない。
「リャリャリャリャリャーーーーアーーーーッ!!!」
「タタタタタタタタッ!!」
腹部への激しい打ち合いが始まった。しかしライジンが少しずつ勝って居る。一分程の打ち合いで、
「ウウウッ!!」
トーマスは何発も良いパンチを腹部に貰ってしまって、顔をしかめた。
「ターーーーーッ!!」
動きの止ったトーマスにライジンは会心の一撃をトーマスの胸部に食らわした。
「バキッ!!」
あばら骨の折れた音だった。
「グハッ!! ウウウウッ!」
堪らずトーマスは膝を付いてしまった。もう起き上がれそうも無い。
「ソレマデ、ヤライサンノカチ!」
ラッキーは彼としては、それなりに精一杯力強く勝者の宣言をした。
「し、し、失礼した。ど、どうやら本物だった様だ。ジェフ、か、帰るぞ!」
結局三人はジェフを中心に、彼の肩を借りて、よろけながら何とか帰って行った。
「夕一、やったな!」
「家来さんこそ、凄いですよ。でも良かったですね、修行しておいて」
「ああ、全くだ。前に、小姫君を三人がかりでやっと取り押さえる事が出来たけど、一対一じゃ多分負けてたか
らな。あれ以来、香澄ちゃんを守る為にも必死でトレーニングしておいた甲斐があったというものさ」
「はい、あの時は本当に恐怖を感じましたからね。このままじゃ香澄さんを守どころじゃないって。あれから徹底
的に練習していたから良かったんですよ。……でも、もう来ないですかね?」
アカツキはライジンに来ないと言って欲しかったが、
「もっと手強い連中が来るかも知れないから、ゆめゆめトレーニングは怠らない方が良いだろうな」
そう言われてしまっては返す言葉も無い。
「そ、そうですよね。それじゃあ、練習、練習!」
アカツキはそう言うと、多少渋々ながらも、それなりに張り切って練習を始めたのだった。
それから数年の月日が流れた。スーハー教は正式にSH教と名乗る事になった。そのSH教徒の中で一際異
彩を放つ人物がいた。
ローブを常に着用し、どんなに暑い時でもフードを深々と被り、常に比較的色の薄いサングラスを掛けている、
ソード大幹部、通称はソード大先生だった。
口数は少なく、殆どの信者は彼の正体を全く知らない。彼こそが、法律的な意味での生前は林谷昇と言った、
宝賢大幹部だったのだ。
しかし昇と宝賢が同一人物である事を知っている者も居る事から、金森田と二人だけで話し合ってその様に
改名する事を決めたのである。名前のソードは剣の事であり、宝賢の賢を剣と言い換えて、それを英語風に呼
んだのである。
ソードの肉体は殆どが、人工的に作られた物だったが、それゆえに、徐々に変貌、進化を遂げていたのであ
る。
『今の所、自分の肉体の改造は、金森田の悪の集金方法に頼っている。悔しいが逆らう事は出来ない。大勢
の人の命を削って、自分の人工の体が贖(あがな)われていると思うとやり切れないけど、もう少しの辛抱だ。
漸く人間の水準を越え始めている。どこまでやる積りなのか分からないけど、いつかきっと金森田を殺して、
悪の集金システムを止めてみせる! しかし時が来るまでは如何なる疑念も持たれない様にしないと拙いから
な!』
ソードはSH教の大会などに参加しながら密かにそう決意していたのだった。