夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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ソードはインドや中国などの山中で厳しい修行を積み、超人的な能力を身に付けたと噂されていた。勿論故
意に流した噂である。そして大変な高額の研修料を寄付金と称して取って、彼の修行の成果をショーの如くに
見せていた。
「ソード大先生、大先生は水中に長時間潜って居られるそうですね? 何分ぐらい出来ますでしょうか?」
研修会の質疑応答の時間にその様な話が出ると、
「よく訓練した者ならば、五分位。最も長くて十分ほどだと聞いています。その程度だったら、その人達には甚
だ失礼かも知れませんが、私にとっては容易い事です。
もし良ければ、次の会合で私の修行の成果をお見せしても宜しいのだが、この種の事はとかくトリックのある
もの。絶対にトリックの不可能な方法で皆さんにお見せ致しましょう。勿論皆さんの様に、高額の寄付金を支
払って下さった者にのみ特別にです」
そんな言い方で興味を煽り、更に高額の寄付金を要求したりするのである。
それから一ヶ月ほど後に教会の特別修業室で、
「今日は大先生が特別の秘儀を皆様だけにお見せいたします。先ず用意した水槽を良くご覧下さい」
ソードの弟子と称する連中がお膳立てをした、縦横奥行きとも二メートルほどの水槽を参加者に見せる。
内も外も十分に調べさせてから太さ十五センチほどのホースで猛スピードで注水し、その途中で外に設置さ
れた階段を登って、ウェットスーツに身を包んだソードが中に入る。
中には梯子がつけてあってそれを下りて、一メートル五十センチほど溜った水中に、息を大きく吸い込んでか
ら入る。
その頃にはホースからの注水も終り、ゴーグルをつけたソードはそこで観客の方を向いて座って禅を組むの
である。水槽の右隣には大きな液晶表示のデジタルタイマーが一秒一秒時を刻んで行く。
「五分経過しました! ソード大先生、まだ大丈夫ですか?」
何故かトレーニングウェアの様な衣装を身につけた、彼の弟子らしい若い女が、マイク片手に心配そうに水
槽の中のソードに向かって聞いてみる。ソードはただ頷いてみせるだけである。
「じゅ、十分経過! これは呼吸停止の世界記録を超えています! 皆様ソード大先生に盛大な拍手をお送り
下さい!」
若い女の弟子がそう言うと、
「パチ、パチ、パチ、パチ、……」
会場の中は一気に拍手と歓声が沸き起こって、大変な興奮状態になる。
「奇跡だ! 神の力だ!」
口々にそう絶賛した。ここには勿論トリックなどは無い。しかしソードはそもそも呼吸をしていないのだから、
出来て当り前なのである。大きく息を吸って見せたのは、如何にも本当らしく見せる為だった。
この奇跡のショーを思いついたのは、かつて人工の体の防水性能を調べる為に、長時間プールに潜って活
動した事のあるソード自身だった。
『金持ちから寄付金等と称して金をむしり取る方が、貧乏人から更に金をむしり取るよりはまだ罪は軽いだろ
う。それに金森田になるべく協力的な方が、より信頼される事になる!』
そこまで考えての事だった。
『金森田は隙を見せないし、俺より遥かに頑強そうな肉体を持っている。今だったら多少は元の人間だった頃
の俺より力はあると思うけど、まだまだ遠く及ばない。
殺す時には一気に仕留めなければ、しくじったら俺が殺されるだけじゃなくて、俺の様な犠牲者がもう一人増
えることになる。それだけは防がないと。犠牲者は俺一人で良いからな!』
そんな風にも考えていたのである。
宣伝上手なSH教は、毎年十万人を越える新たな信徒を獲得している。既に信徒の数は全世界で公称百五
十万人になっていた。
『しかしこの信徒達の行く末も心配だな……』
ソードは何時の間にか、本気でSH教の将来を考える様になっていた。本当に迷い苦しみSH教にすがって来
る純真な者達も居るからである。
「十五分を越えました! うううっ、本当に神の力、奇跡としか言い様がありません!」
そこいら辺りでソードは司会役の女性に手を挙げて終了の合図をする。
「はい、大先生はまだ余裕がおありですが、そろそろ祈りの時間だという事で、ここまでになさるそうです。本当
にご苦労様でした!」
十五分で終るのは、余り長いと興ざめして仕舞う恐れがあるからだった。
ソードはゆっくり立ち上がり、手を前で合わせて神への祈りの姿勢を見せてから、梯子を登り階段を降りて、
スタスタと歩いて部屋を出て行った。
余りに恐れ多くて、そこまでは皆目を閉じて彼を拝み、退室を確認してから目を開け、再び万雷の拍手となる。
『こんなショーを見るのに、一人百万出すのだからな。自分だけ特別にと言われると、気分が良いのだろう。
秘密厳守と言いながら、毎日入れ替わりに、別の連中にやって見せているのだから、すっかりショーそのもの
だ。
ばれた時の言い訳も考えてある。貧しいもの達への施しの為に、恥を忍んでやっていたのだと言えば、まあ、
大体は納得するだろう。
ほんの少しだが実際に施しもしているのだからな。それにしても何だか、ピエロの様な気分だ。正体がすっ
かりばれたら、ピエロよりもっと酷い事になる。
恐らく嘲笑されたり、軽蔑されたり、或いは気味悪がられるんだろうな。はははは、どうしてこんな事になった
のか……』
ソードは自分とごく一部の者しか入れない秘密の部屋で着替えをしながらそんな事を思っていた。
顔と手足の先だけ露出している、ウェットスーツを脱いで全身を鏡で見てみる。
「ウェットスーツを着るのは体の継ぎ目を隠す為だなんて、多分誰も知らないのだろうな、はははは。特殊な道
具は必要だけど、人体の外側をすっぽり脱ぐ事が出来るのだからな。中はまるで精密機械そのものだし、心
臓の位置にあるのは小型だが高性能のポンプと新鮮な血液の入ったタンクなのだから。
脳と延髄を除けば、他は機械仕掛けで動く。お陰で普通の人間よりも暑さにも寒さにも強い。今度は火事場
で逃げ遅れた人を助けたり、氷の張った池で、うっかり氷が砕けて湖とかに落ちている人を救助でもしてやろ
うか?
まあ、そう旨くその様な場面に出くわす事も無いだろうけどね。ああ、しかし、股間に男として有るべき物が無
いのは、何とも辛いものだな……」
暫く独り言を言っていたソードは最後にポツリと本音を漏らした。
鏡に映った全裸の自分はパートに分けられる様になっている継ぎ目を除けば、なかなか綺麗な体だったし、
顔付も精悍な感じで気に入っていた。
しかし顔の筋肉の動きは相当研究して人間そっくりにしてあるのだが、どこか不自然なのである。従って、そ
れがばれない様にサングラスを掛け、年中ローブに付いているフードを被っていたのだ。
しかも殆ど自分では喋らない様に、弟子達に言わせていたのである。だがそれよりも何よりも、股間が問題
だった。ただそれらしく盛り上がっているだけで、実際には性器は全く付いていない。
『ああ、性欲はあるのに、性器が無いなんて! 難しい事は分かるが、何とかして欲しいものだな……、そんな
事を考えても無駄か……』
鏡を見ながら毎日の様に愚痴を零していたのである。それから濡れた体を拭いて、何時ものフードを溜息を
吐きながら着る。
『さて、更なる寄付金をお願いしますか……』
ソードは先ほどのショーの会場で、未だに興奮状態の金持ちの信者達に、更に高額の寄付金を頼むのが何
時ものパターンだった。彼にとっては精神的に辛い事だった。それでも、黙々と金森田と約束したノルマをこなし
ていたのである。
一方で神のマシンはいよいよその設計図が完成しかかっていた。ソードの場合自立型ではあるが、毎日一
回は新鮮な血液の補充をしなければならなかったし、各パートの保守点検は週に一回は必ず行わなければな
らなかった。
しばしば部品の交換が必要だったのである。しかし何よりも決定的な違いは、神のマシンには性器が、ペニ
スと二つの睾丸がくっ付いているのである。男子のシンボルが付いているのだ。
ソードのマシンとは別のグループがその方面の研究をしていて、遂に人工の男性器を完成させていたのだっ
た。作り物のペニスはしかし、ちゃんといわゆる勃起をし、性の快感を脳に伝えるのである。
それは金森田が強く望んでいたものだった。絶頂時には疑似精液が作り物のペニスの先端から射出される。
しかも、性の快感を伝えるのは性器周辺ばかりではなく全身がそうなのだ。
実際の人間の体に出来るだけ近くしようと考えた結果でもある。ソードの場合とは比べ物にならないほど神の
マシンはより人間に近かった。
「ほほう、設計図が完成間近なのだな?」
金森田は研究者の一人に言った。
「はい。しかし、神のマシンは一人分だけで良いのではありませんか?」
研究者は妙な事を言った。
「それはどういう事だ?」
「はい、ソード大先生のマシンも、改造すれば、神のマシンに近いものになり得ます。もしそうしたとすると、神の
マシンが二つになります。神が二人いる様な感じになりますが、それでも宜しいのでしょうか?」
その研究者はソードを快く思っていない様だった。
「ははははは、何だ、そんな事か。それなら心配には及ばない。神のマシンが完成し、私がそれに乗り込んで、
大丈夫間違い無い、となった所で、ソード君には死んで貰う。初めからその積りだったのだから、何もかも予定
通りではある。
彼には今の所、全く謀叛(むほん)の兆しは無い。私を信じ切っている様で、ちと、心苦しいのだが、神はやは
り一人で良かろう。
私が地上の全てを支配し、人類は皆幸福になるのだ。戦争の悲劇は私が消滅させる。その理想の為に今後
とも私に協力してくれたまえ」
金森田はかねてからの計画を初めて人に漏らしたのだった。