夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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SH教の裏の活動は近年徐々にやり難くなって来ていた。被害を受けた者と、その家族が遂に立ち上がった
からである。
一人、二人なら密かに始末出来るのである。実際そうして来たのだが、数百人ともなると、そう簡単には行か
ない。
そこで、そういうこともあろうかと、金森田は前々から仕組んでおいた、トカゲの尻尾切り作戦に出た。何人か
の幹部の独断によって実行された事にしたのである。
彼等はやがては神になるという金森田の為に、喜んで死刑台に登ることとなった。しかも彼等は神のマシン
計画を良く知っているものばかり。
『これで秘密の保持は完璧だ。知っているのは研究者達と私とソード位のもの。ふふふ、一石二鳥だわい!』
等と思って、密かにほくそえんでいた位だった。
また慰謝料を巡る裁判では和解を提案し、高額の慰謝料で手を打った。教団側は数百億円の和解金を二十
年間に渡って支払う事になった。
金森田にとって数百億円など大した金額ではなかったが、裏金作りが殆ど出来ないのは金食い虫の様な神
のマシン計画にとって厳しい制約になるのである。そんな時ソードが一つの提案をした。
「私がパフォーマンスを色々します。それを利用して、大いに宣伝をして、もっと会員を増やしましょう!」
ソードは何時もの様に金森田には極めて協力的だった。金森田は直ぐに了承した。しかしソードを快く思って
いない者達がSH教団の中にかなりいたのである。彼等は何かと批判的だった。
「ソード様は超人的な能力を持っておられるが、軟弱な思想の持ち主の様に思われて仕方が無い。何故金森
田様の様に、力強いお言葉を我等に与えてはくれないのだ!」
その様な言われ方をしばしばされていたのだった。
「死を恐れなさい。平和はそこからやって来る。死を恐れない勇者は結局、世界を破滅させるのです。自らの
死を恐れ、誰の死をも恐れる。平和はそこから始まるのです……」
ソードの教えは他の宗教家達とは正反対である事が多い。多くの宗教家は死を恐れるなと説く。或いは死は
恐ろしくは無い、等と言う。死を超越する事をしきりに説くのだが、
「戦争を好む者達は皆、死を恐れない者を勇者として褒め称える。宗教がその様な者の手先になってはなら
ない。
少なくとも我がSH教は平和をこよなく愛する者の集団である。死を恐れる我等だけが世界を唯一平和
に導く事が出来るのだ!」
最近になってやっと顔の表情が不自然ではなく、人間らしい表情になって来たので、ソードは短い説法を自ら
行うようになっていたのである。
ソードの派手なパフォーマンスはそれから急激に多くなって行った。水中での呼吸停止のパフォーマンスとは
違って、公に姿を現した最初のパフォーマンスは、市民水泳大会での事だった。
ソード・月岡と名乗っての参加である。身元が怪しくては拙いので、某国の戦災孤児を、SH教の古くからの信
徒である月岡家の者が、養子として引き取った事にしてある。推定年齢が二十八才という事になっていた。
千五百メートル自由形で彼は圧倒的なスピードで優勝した。観客の中にSH教の信者が多数来ていて、優勝
したのが大幹部のソードである事をしきりに吹聴したのだった。
SH教は大きな事件を起こしていて悪評があったが、努めて低姿勢で布教をしていたので、徐々にではあるが
汚名は注がれ始めた様である。
市民水泳大会での記録は非公式ながら日本新記録だった。何しろ呼吸をしなくて良いのと、そもそも大半の
部位は機械仕掛けなのである。当然ながら抜群の持久力を持っている。
瞬間的なパワーでは人間の強者に敵わないが、耐久力を競う競技なら常人のそれを遥かに凌ぐ能力を持っ
ていたのである。その地方で彼は少しだけ名前が知られる様になった。
それから一月もしない初秋の頃、今度は市民マラソン大会に参加した。その日の為にソードはかなり訓練を
して来ていた。
勿論普通の訓練ではない。如何に人間らしく走るか、の訓練だった。二時間走ってもケロリとしていては拙い
のである。
ひと頃に比べると、研究スタッフのたゆまぬ努力によって、随分皮膚の継ぎ目は目立たなくなったのだが、
最近のテレビカメラは性能が良く、万一ばれると拙いので、長袖、長ズボンで参加した。極めて薄く軽い素材
で出来ているとはいえ、長袖、長ズボン姿は一際目立った。
一地方の小さな大会ではあったが、マラソンは頗る人気があって、全国から、また少数ではあるが海外から
も選手達が集まり、各部門の参加人数は総数で三千人にもなった。フルマラソンに出場する者だけでも数百
人はいる。
公式タイムは計測されないが、距離も時間もかなり正確である。ソードは押されて倒されたりしない様に、最
初は一番後ろに付いて走っていた。
少しバラけた辺りから、平均時速二十五キロという超人的な走りで次々に追い抜いて行って、三十キロ辺り
で第一グループに付いて行き、三十五キロ付近で独走態勢に入った。
ドリンクは飲んでも意味が無いのだが、飲まないと不自然なので一口か二口飲んだ振りをした。汗も掻かな
いのだが、これは予め練習した通り、給水所で何度も水を取って頭から被り、如何にも汗を掻いた様に見せ掛
けた。
二位以下を大きく引き離して、タイムは二時間六分台。世界的な水準だった。今回は女性アナウンサーから
インタビューを受けた。その受け答えもかなり練習して来ていたのである。
「優勝されたソード・月岡さんです。おめでとう御座います。それにしても素晴しいタイムです。公式の大会に出
られればオリンピックも夢じゃありませんよ!」
女性アナウンサーは興奮気味に言った。
「はあ、はあ、はあ、……有難う御座います。はあ、はあ、はあ、で、でも、まぐれですから。何時もこういう記録
が出るとは限りませんから……」
ソードは如何にも息を切らして言った。
「いいえ、まぐれで出せる記録じゃありませんよ。是非、オリンピックに出場して下さい。金メダルだって本当に
夢じゃありませんよ。是非、是非お願い致します!」
女性アナウンサーはますます興奮して言った。
「はははは、まあ、考えさせて下さい。はあ、はあ、はあ、……」
ソードは徐々に息を整えて行った。全て練習通りだった。次の日のその地方の新聞には大きく彼の姿が掲載
された。
また少し知名度は上がった。それでもまだまだ全国的には無名だったが、SH教の信者達には大きなインパ
クトを与えた。
「ソード様は本当に神様かも知れない。いいや、神様に違いない!」
そう、噂される様になったのである。
「となると、ソード様の日頃仰っている事はやっぱり正しいのかも知れない。そうだ、きっと正しいのだ!」
そんな風に宗旨替え(?)をする者も出て来たのである。ただまだ動きはごく小さかった。
『うーむ、余り有名になり過ぎるのも拙いかも知れない。しかし無名では信者が増えないし、これは困ったな……』
ソードは自分に与えられた、かなり豪華な部屋で寛ぎながら思案していた。無名では信者が増えないし、かと
言って有名になり過ぎると、興味を持ったマスコミに追いかけられ、正体が見破られる可能性が出て来る。
『サイボーグである事が見破られたら、一体どういう事になるんだ? ……見当も付かないな。まあ、余り良い
事はあるまい。しかし、性欲の処理が出来ないぞ。ううむ、何とも苦しい。何とかならないのか?』
ソードは己の性欲を持て余していた。性器が無いのでどうにも出来ないのである。それともう一つ気になって
いる事があった。
『金森田という男を信用し過ぎるのは危険だ。裏の悪徳集金システムは消滅したけど、あの男は神のマシンを
作ると言っている。自分が神になると言っているのだ。
では、俺はどうなる? ……俺があの男だったら、……間違い無く始末する。あの男は、神のマシンによって
永遠の命を得て、永遠に地上を支配するのだろう。
もしそうだとすれば、あの男に近い存在の俺は邪魔になる筈だ。しかしあの男のマシンはどんなマシンなん
だ? 間違いなく男としての機能を持っている筈だ。くそ、俺が代りにあの男のマシンに乗りたい位だ。
金森田を殺して俺が乗り込む? 十中八、九あの男は俺を殺す。互いに秘密を知り過ぎているからな。
はーーーっ! 何だか妙な事になったな』
ソードはこの時金森田だけは生かしておけないと思っていた。しかし何をどうするのかはまだ何も決っていな
かったのである。
ソードの次の挑戦は九月下旬に行われる、トライアスロン、鉄人レースだった。やはり大会まで一月もない。
その為の訓練は相変わらず如何に人間らしく見せるかである。
三キロメートルの水泳、二百キロメートルの自転車、最後にフルマラソンを走る。日本の南方の島で行われ
る大会には全世界からのエントリーがある。優勝すれば当然全国ニュースに乗るのだ。
ソードはその数日前に島のホテルに入って準備を始めた。SH教の中の熱狂的な、或いは狂信的な彼のファン
を引き連れての事だった。
『うーむ、俺を支持してくれるのは嬉しいけど、ちょっと度が過ぎるかも知れない』
そんな危惧も感じていたのだった。
大会当日は生憎の小雨模様。勿論ソードにとって何の障害も無い。圧倒的スピードで三千メートルを泳ぎ切っ
た。少し厄介なのは次の自転車である。
自転車に乗る事は容易い事だが、路面が濡れていて、思い切ってスピードを出せないのだ。機械の体は転ん
でしまった時などの、瞬間的な強い衝撃に弱い。慎重に乗っている内に、とうとう後続の数人に追い抜かれてし
まったのである。