夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                                


「それでは、これから午後三時まで講義という事に致します。午前中の講義の続きなんですが、遠未来論の考
え方が少し分かって来た頃だと思います。
 前にも言いましたが、まだ導入部分に過ぎないので、ここからが本当の理論なのですが、人間とロボットとの
関わり合いを探るのが遠未来論の一つの方向性です。
 ここで問題を少し整理しておきます。先ず負の要素、つまり戦争、病気、公害問題、などの無い方が良いと
考えられるものは、その方面の専門家にお任せするのです。
 それと前には言わなかったと思いますが、正の要素、平和、平等、豊かさ等についても除外します。やはりそ
の方面の専門家にお任せするのです」

「つまり、正の要素でもなく、負の要素でもない、どちらとも言えないと考えられる事について、研究して行くとい
う事ですね?」
 信念がまとめた。

「はい。ロボットは人間にとって正の要素であると考えられて作られるのですが、殆ど全ての分野で彼等が人間
より優れているという事になると、人間の存在価値がぐらついてきます」
「でも、それは無意味なんじゃないですか? 人間に勝つようになったら、そこで人間との戦いを止めてしまえば
良いと思いますけど、どうでしょうケンちゃん」
 林果は常識的な考えを示した。

「ところが先生が皆ロボットになってしまうのですよ。これって少しおかしいと思いませんか? 勿論遥かな未来
の話ですよ。そこで実は二つの方向性が考えられます。
 一つは午前中に林果さんがチェスは負けたけど、将棋や囲碁はまだまだだと言いました。そこで考えられる
のが、ロボットの持つ限界、あるいは逆に人間の限界を探るという考え方です。
 現在、コンピューターが人間に全然歯が立たない領域が、囲碁というゲームにあると考えられています。そこ
で盛んに囲碁のコンピュータープログラムが研究されている訳です」

「だけどそれじゃあ、わざわざ遠未来論なんて考えるまでも無いんじゃないですか?」
 やや失望しながら林果が言った。
「いえいえ、そんな事はありません。そろそろ真打登場と行きましょうか。先ほど二つの方向性があると言いま
した。一つ目を言いましたが、それと深く関連するのですが、一体ロボットとは何であるのか、それを考えるの
です。
 別の言い方をすれば、ロボットの定義です。それによって何が分かって来るのか。それが逆に、人間とは何
であるのか、生命とは何であるのか、そして究極的には存在について科学的に研究する事に繋がって行くの
です」  

「あああ、やっと、『存在を科学する』という言葉に結びついて来ましたね」
 信念は少しは面白くなって来たと思った。
「でも、ロボットの定義なんて、つまらないと思いますけど。確かに厳密な定義は難しいかも知れませんけど、そ
れこそロボットの専門家にでもお任せすれば良いんじゃないんですか?」
 林果は実際つまらなそうである。

「ところがそうじゃないんですよ。例を挙げましょう。皆さんが知っているロボット、テレビや映画でお馴染みのロ
ボットがいますよね?」
「ミルキーウェイ・ウォーズに出て来る二体のロボットとか、ネコ型ロボットとか、鉄腕ボーイとか? 」
 昇が即答した。
「そうです。しかし、彼等は、実はロボットではありません」
「ええっ!」
 三人の生徒には意外に感じられた。

「ロボットというのは名前だけで、実際には彼等は生命体です。ロボットの定義から明らかに外れている。人間
は実はロボットを描く事が下手くそなんです。殆ど出来ないと言っても良い位なんですよ」
「えっと、その、……」
 賢三の説明に林果は急に考え込んだ。つまらなそうな表情は一変して厳しい顔付になった。

「定義の方は後にして、これを逆に考えるとどうなるか。人間はロボットをロボットとして認識出来ないのです。
最も簡単な例はマネキン人形です。
 女性型のマネキン人形の下腹部に触る事は、相当に抵抗があります。全く動かない人形ですらそうなのです
よ。それが動き、話し、触ったらキャーッ、と叫んだりしたらもういけません。
 そこが実は人間の本能的な限界なのです。遥かな未来において人間はロボットと生命体である人間との区
別が付けられなくなるのですよ」

「だったら目印を付けたら?」
 昇は安直に言った。
「それが無理なんですよ。さっきも言った様に、本能的な限界、私はそれを『杜子春の限界』と呼んでいます」
「杜子春の限界? 芥川龍之介の小説に出て来る、あの杜子春ですか?」
 信念が感慨深げに言った。

「はい。あの小説では、顔だけがそっくりだけど、母親ではない筈の生き物の苦痛に主人公は耐えられなかっ
た。皆さんは自分の最も親しい人、愛する人、例えばお母さんにそっくりなロボットが、鞭で打たれていて悲鳴を
上げていたとして、それを平気で見ていられますか?
 例えロボットであると知っていたとしても、私の場合で言えば亡くなった母親そっくりのロボットの苦痛に歪ん
だ顔を、私は直視は出来ないし、何とか止めさせようと必死になるでしょう」

「ううううっ、せ、先生は酷い事を考えます。ケンちゃんは酷いです!」
 何時も冷静だった林果が、意外にも涙ぐんで感情的になって賢三を責めた。
「あああ、申し訳ない。ちょっと行き過ぎましたか? それじゃあここで軌道修正して、ロボットの定義に戻りましょ
う。なかなか難しくてこれが決定版だとは言えないかも知れませんが、ざっとこんな風に考えています。
 ああ、その前に言っておくとロボットは大きく二つのタイプに分ける事が出来ます。一つは産業用ロボット等。余
り人間や犬や猫などの生き物に似ていないタイプのものです。それと人間やその他の生き物に良く似たタイプ」

「人間そっくりとか言うと、アンドロイドとか言うよね。でも犬や猫そっくりの場合には、何と言うのかな?」
 昇は口ではそう言ったが、
『桜山林果、ムカつく女子高生だけど、こいつも女だったんだな……』
 ほんのちょっぴり林果を見直していた。

「林谷君の言う様に、生命体そっくりのものと、そうでないものとを区別する用語は無さそうなので、私はアンド
ロイドに型を付けて、『アンドロイド型』と言っています。そうではないものを非アンドロイド型ロボットと呼んで区別
しています。
 でも非アンドロイド型ロボットじゃあ長過ぎるので、単に『ロボット多様体』と言っています。特に問題になるの
は勿論『アンドロイド型』の方です。ああ、いい風ですね……」

 山の中腹にあるせいか、時折ではあるが、涼しい風が開け放たれた窓から入って来る。それと共に人の話し
声や車の行き交う音、飛行機の音なども入って来る。
 その他に山の木々の匂い等も運ばれて来るのだが、それらは殆ど邪魔にはならず、むしろ心地良さを感じさ
せて、今日一日で終ってしまう講義には絶好の日和だった。次第に講義は核心部分に入って行った。

「ロボットの定義。それは如何に人間そっくりであろうと、『他存在の集合体である』と言う事です」
「他、他存在の集合体? 何だか難しそうな、哲学的な定義なんですね」
 信念は驚いて言った。

「あの、他存在って何ですか?」
 昇は実際知らなかった。
「自分以外のもの全てと言う事ですわよね」
 林果は即答した。

「まあ、そういう事です。別の言い方をすると、ロボットには自分というものが無い。ところがテレビや映画などに
出て来るロボットは、殆どが、自分というものを持っている様に描かれている」
「つまり彼等はロボットの様に見える人間か、それに近いものだという事ですね?」
 信念は納得した様に言った。 

「はい。それをもう少し拡大して考えてみると、ロボットの様な外見を持っていても、その頭脳として生きた人間
の脳が使われているとすれば、それはロボットではなく、生命体と考えられるのです。
 その逆に、如何に人間そっくりでも、自分というものを持たない機械の塊の様な物だとすると、それはロボット
だということになる。
 さて、ここまででやっと入り口から一歩入った所です。今日中に何処まで話せるか分かりませんが、もう一歩か
二歩踏み込みたいですね。しかしそろそろ午後三時になるところですので、休憩することに致しましょう。
 次は午後四時からですが、その前に一つだけ言っておきましょう。私は二番目の前提条件の時、私達人間
は物質だと言いました。その時女子大生らしい方が、そこいらにある石ころと同じなのかと言いました。
 しかし、何故彼女は『そこいらにある石ころ』と言ったのでしょうか? 何故金塊やダイヤモンドとは言わずに
石ころと言ったのでしょうか? ……それは宿題にしておきましょう。では失礼致します。ふう、暑いねえ……」

 賢三はやはりハンカチで汗を拭き拭き教室を後にしたのだった。
「ああ、みなさん、これからどうします? 私は次の講義の途中で帰る事になりそうです。人と会う約束がありま
すのでね。ここにいても暑いので、暫く車の中で休もうと思っているんですよ。良かったら車の中で時間まで休
憩しませんか?」
 信念は親切の積りで言った。

「わ、私は遠慮しておきます。思ったほど暑くないですし。林谷君は一緒に行けば?」
 林果は車の中で昇と一緒に眠る事になるのでは堪らないと思ったのだ。
「しかし女性を一人こんな所に残して置く訳にも行かないでしょう。じゃああれだな、お昼を食べたレストランで
何かジュースでも飲みませんか。コーヒーでも緑茶でも良いですけど……」
 信念は不安を感じながら二人にそう言ってみたのである。

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