夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 ソードが体の故障を恐れているのは、生命維持に支障があるからばかりではない。
『救急車で運ばれて体を調べられでもしたら、普通の人間ではないことがばれてしまうからな。そうなったらどう
いうことになるのか。大変な事になることは分かっているけど、良い事があるとは思えないからな……』
 不安でどうしようもなかったから、慎重になり過ぎて結局自転車では二十数人に抜かれてしまった。

 相変わらず小雨の降りしきる中、競技開始から七、八時間で最終のフルマラソンに挑戦である。既に多くの
選手は疲労困憊、早い選手でもマラソンは三時間位掛る。
 トップの選手でも例年大体十時間位掛る。小雨が微妙に影響して、ゴールは十一時間後位だろう、と予想さ
れていた。

 マラソンになってしまえばしめたものである。先頭とは二十分も差があったが、沿道の自分の仲間達が自分
が今どの位置にいるのかを教えてくれていた。
「ソード様、現在二十五位!」
 画用紙等に書いた情報を掲げて、その都度知らせてくれる。一周四キロのコースを十週余り回る事になるの、
で応援はその場にいたまま何度も出来るのだ。

「ソード様、先頭から十五分遅れ! 五分縮まりました!」
 必死の目をした若者達が大声でも知らせ、激励するのだった。
「ソード様、現在十八位! 頑張って!」
「ソード様、先頭から十二分遅れに縮まりました。その調子よ!!」
 彼の支援をする若者達は彼がサイボーグである事を知らない。しかし神に近い存在だと信じている様である。

 ソードは一応彼らの信頼にも応えながら、なるべく自然に人間らしく追い抜いて行った。
「ソード様、現在九位! 先頭から七分遅れに縮まりました! 良い調子です!!」
 そこいら辺りで日本人としてはトップに立った。他に日本人の有力選手が一人いたのだが、自転車で他の選
手と接触横転して重傷を負い、病院送りになってしまったのである。ソードの恐れていた事が、自分ではなかっ
たが起っていたのだ。

『やっぱり慎重に走って正解だったな』
 そう思いながら、黙々と走り続けていた。
「ソード様、現在四位! 先頭から三分しか遅れていません。もう一息です!」
 ソードはゆっくりしたペースで追い上げていた。このような状況でも二時間そこそこでフルマラソンを走れるの
だが、それでは余りにも人間離れしているので、じわじわと追い上げていたのである。

『追い上げが余り早いと拙いからな。なるべく格好良く演出しよう。しかし余り格好にばかり拘っていると、しくじ
る事があるから気を付けないと!』
 スポーツにアクシデントは付き物である。ソードはそこのところも良く分かっていた。生まれ持っての慎重な性
格だったのだ。

「ソード様、現在三位。先頭まで二分。残り五千メーターです! 頑張れ! 頑張れ!」
「ふふふふふ」
 ソードは自分を支援する者達が自分より遥かに必死な感じがして、何だか可笑しみを感じて笑ってしまった。
傍目にはそれは余裕の笑顔に見えた。
「ソード様、その意気です!」
 若い男女が次々に大声で叫ぶが、少々目立ち過ぎの感もあった。この大会の模様は一部のスポーツ専門の
テレビチャンネルで生中継されていたのだが、当然の様に彼らの姿は大きく報道されていた。

 ソードの着用しているシャツやズボンには何のマークも無かったが、応援する者達のTシャツには『SH教団』を
表す『SH』を図案化したロゴが大きく描いてあって、彼等がSH教団の信者であることは一目瞭然だった。
 先の事件以来悪名が轟いていて、その若者達の姿に眉をひそめる者もあったが、残り千メートル付近でソー
ドがとうとうトップに立つと、彼等への批判は影を潜めることとなった。

 十一時間ジャストの記録でソード・月岡は優勝した。タイム的には去年より大分落ちるが、小雨が降りしきる
コンディションを考えると、決して悪いとは言えないタイムであった。
 ソード・月岡の優勝は全国のスポーツニュースとして大きく取り上げられた。日本人として初めての優勝だっ
たのだ。

 ソード・月岡の快進撃は更に続くと思われた。しかしここまでの大会では何れもドーピング検査の無いものば
かりだった。更に上を目指すとなるとドーピング検査が義務付けられている。
 近年のドーピングの検査は非常に厳しく、本格的な大会の場合には、複数の検査官の前で下腹部を露出し
て尿を採集するのである。
 男性には男性の検査官が、女性には女性の検査官が付くのだが、目の前で小便をしなければならず、選手
にとっては辛いものがあるのだが、そういう決まりになっている。

 この様に厳しくなったのは不正を行うものが後を絶たないからだった。その不正の手口は驚くほど巧妙で、
マジッシャンも顔負けの方法ですり変えたりもする。もはや目の前で小便を採取する以外に方法が無くなってし
まったのである。

「困りました。これ以上大きな大会だと、ドーピング検査があります。何とかなりませんか?」
 ソードは研究者達に相談した。幸いな事に良い返事が待っていた。
「ソード様にとってはご不満かも知れませんが、性機能の無い小便をするだけのペニスと睾丸のセットなら、付け
る事は即座に可能です。即座と言っても丸一日掛りますが。早速付けましょうか?」
「ああ、そうしてくれ。性機能も欲しい所だが、それはまだ難しいのか?」
 ソードは駄目元で聞いてみた。
「はい、かなり、大掛かりな改造が必要ですので、直ぐという訳には……」
「そうか、分かった。じゃあ、取り敢えず、ドーピングをパスする為のものを取り付けてくれ」
「かしこまりました!」
 それから一月後、日本人にとっては馴染みの薄い、競歩というひたすら歩く競技に出場した。ソードにとって
は一番得意種目になるかも知れない。

 競歩はオリンピック種目にもあるのだが、マラソンなどに比べると日本ではそれ程人気は無い。それでも参
加者はかなりある。ソードの出場したのは五十キロの競歩である。一周五キロのコースを十回回る。
 マラソンに比べると歩き方に厳しい制約がある。水泳で言えば、フリースタイルと平泳ぎ位の差があるのだ。
今回は世界大会への前哨戦になる大会で、上位入賞者に限ってドーピングの検査がある。

 関東のとある町で行われる大会には、十キロ、二十キロ、五十キロ、の三つのコースがあって、各コースとも
五、六十人位ずつの参加者があった。
 既にソード・月岡の名前はスポーツ関係者の間では有名であって、その大会でも最も注目される選手になっ
ていた。

 今回は前回のトライアスロンの競技では少々目立ち過ぎたので、彼の私設応援団(?)は通常の応援に止
める事にした。勿論、ソードの注文である。
 競技が始まると、早速、彼の歩きが注目の的となった。正に機械の様に正確な歩きだったが、多少のブレ
を付けることも忘れていない。
 今回もまた一ヶ月の間、彼が訓練したのは人間らしい歩き方だった。二位以下を大きく引き離し、軽々と日本
新記録で優勝したのである。
 それでも競歩の場合、全国的には大したニュースにはならない。それも計算のうちだった。余り一度に目立っ
てしまうと後が困る事になる。目立ち過ぎて何かと活動し難くなるのだ。
 彼の場合、布教活動、特に新たな信者の獲得が至上命令であり、競技での優勝はその補助的手段に過ぎ
ないからである。

 こうしてソードはスポーツ関係者の間では超有名人になって行った。人工のペニスと小便だけしてみせる機
能のお陰で、ドーピング検査もまんまとすり抜ける事が出来たのである。
 そこで使われる尿は比較的若い彼とほぼ同年代の研究者のそれを、体内に仕込んでおいたものであった。
尿を新鮮な状態に保って置く事が技術的に難しかったのだが、冷凍保存した尿を体内で解凍するというとん
でもないような方法で問題を解決していたのだった。人間には出来ないが、唯一機械の体を持つ彼ならば出
来る離れ業だった。

 彼にとって予想外の出来事はSH教団の彼の地位、実質的な地位がどんどん上がって来ている事だった。と
かく成り上がり者の様に見られていたのだが、度重なる競技の優勝で、彼を神と崇める者が、次第に増えて
来て、金森田代表幹部の地位を脅かすまでになって来ていたのだった。

 余り話題にならなかった五十キロ競歩の優勝だったが、世界選手権の選手として派遣が決り、強化合宿等に
参加するようになって、彼のSH教団の中での地位はますます高まって行った。
 新年早々のハワイでの世界選手権でとうとう彼は競歩競技で世界チャンピオンになったのである。日本人とし
ては初の快挙だった。
 本当には快挙でも何でもないのだが、その頃になると金森田代表幹部との地位は遂に逆転してしまったので
ある。
 焦ったのは金森田だった。どうした事か研究者達の態度すらソード・月岡に傾いて行きつつあったのだ。これ
では神になれない。

『このままでは私は神のマシンに乗れないかも知れない! くそっ! ソードの人気が高過ぎる! ええいくそっ、
どうすれば良い?
 待てよ、この私がソードにすりかわればどうだ? 私の神のマシンの外見をソードの物にそっくりにするのだ。
そうしておいて、奴を殺して、私がソード・月岡として君臨する。ふははははは、そいつは良い方法だ!』
 金森田玄斎は神のマシンをソード・月岡のものとそっくりに設計変更をする様に研究者達に命じたのだった。
しかし、研究者達は戸惑っていた。
 体のサイズが大きい金森田は脳の大きさもソードより一回り大きかった。そのままでは頭だけ大きなバランス
の悪いマシンしか出来ないのだ。
 困り果てた彼等は、密かにソードと相談する事にしたのだった。

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