夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ソード様、今日はお願いがあって参りました。これからお話しする事は、絶対に秘密にして欲しいのですが、
特にその、金森田代表幹部には内分にして頂きたいのですが……」
 金森田が海外へ出張していた時の事だった。彼の主治医でもあり、また神のマシンの製作責任者でもある、
石野伊藤吉(いしのいとうきち)は困り切った表情で、ソードの部屋で話をしていた。

「分かりました。よほどお困りのようですね。どうぞお話下さい」
 ソードは落ち着いた様子で、テーブルに向き合って座り、しっかりと話を聞く姿勢を見せていた。
「有難う御座います。実は神のマシンの事なのですが、金森田代表から設計の変更を言われたのです。ところ
が大変難しい御注文なのです」
「と、言うと?」
「ソード様、貴方とそっくりに作れというのです。頭以外なら出来ます。ですが、脳の大きさが元々違います。ご
存知かと思いますが、脳の大きさにはかなりの個人差があります。
 それでも機能に関して言えば、大差はありません。それでその、小さな脳を大きな頭蓋骨に入れる事は可能
なのですが、その逆は出来ません。脳が破損してしまいます。
 その場で直ぐ出来ないと断れば良かったのですが、恐れ多くてとても言えませんでした。今となっては尚更言
えません。その様な事を言えるとすれば、ソード様しかいないのです。
 何とかそこの所、旨く言って頂けないでしょうか? 新しい設計図の完成は三ヶ月以内にしろ、と言われました。
設計図の変更は可能なのですが、いえ、変更するだけなら一月もあれば十分です。
 製作には数年掛ると思われます。何しろ人間としての機能をほぼ全て持っているのですから、簡単には作れ
ません。ですが問題なのは、何度も申しますが、頭なのです……」
 石野伊はすっかり考え込んでしまった。

「ふうん、金森田先生はどうしてその様な事を言い出されたのでしょうか?」
 逆にソードが質問した。
「仔細は分かりません。これは想像でしかないのですが、ソード様の人気に或いは関係があるのかも知れま
せん。
 しかし常識的に考えると、金森田先生の仰る通りに出来たとすると、ソード様が二人になって拙いのではない
でしょうか?」
 石野伊は強欲な金森田の本性が見抜けていないようである。

「なるほど。それは確かにそうですね……」
 金森田の考えている事が一瞬で、彼には読めた。
『俺の人気にあやかって、俺と入れ替わる積りなのだな。ふふん、あいつの考えそうな事だ。ならば逆手に取っ
てやろう!』
 ソードはこのチャンスを逃すまいと思った。

「それではこうしたらどうでしょうか。現在の私の頭より僅かに大きくするのです。ほんの数パーセント程度。髪
の毛をふさふささせれば、多少は誤魔化せます」
「それは私共も考えましたが、数パーセントでは足りません。最低でも十パーセント位は必要なのです。誤魔化
しが利きません。
 それに頭でっかちになると、首から下とのバランスが悪くて、とても転び易くなってしまいます。体形を太らせ
れば良いのですが、ああ、金森田先生は断じてスリムでなければならないと、厳しく仰られましたので……」
 石野伊は顔をしかめて言った。

「ふーむ、身長が伸びては絶対に拙いですしね。だったら、数パーセント大きくした頭蓋骨の中に、彼の脳を少
し削って入れたらどうですか? 差し障りの無い程度に削れませんか?」
 ソードはかなり思い切った事を言った。

「の、脳を削る! ま、まさか、そんな事をしたら、金森田先生に叱られます。厳しく責任を問われる! それだ
けは出来ません!」
 石野伊は青くなって否定した。
「ふうむ、それじゃあ、どうにもなりませんね。しかし、もし設計の変更が出来ないと言ったら、金森田先生は貴
方に対してどういう態度を取ると思いますか?」
 ソードはやんわりと脅しを掛ける。

「そ、それは、……」
 石野伊は苦悩に満ちた表情になった。
「少し話を変えましょう。金森田先生はもう七十に近い。神のマシンに乗るとしても、三年以上先の事でしょうか
ら、確実に七十は過ぎているでしょう。
 その年令で彼は手術に耐えられますか? 例え手術が上手く行ったとしても、生命の維持は相当に難しい。
数十年生かし続けるだけでも至難の技ではありませんか?
 もし金森田先生が死ぬ様な事になれば、その責任は結局貴方が負う事になります。SH教の裏の掟で裁かれ
る事になる。
 それよりも私と手を組んだ方が良くはありませんか? 単刀直入に言うと、金森田先生は私を殺す積りなので
すよ。彼は私に成り済ます、一気に人気も神の地位も自分のものにする積りなのです。
 そうでなければ、どうして私そっくりのマシンを作れと言うのでしょうか? 私はマシン無しでは生きていけませ
んから、何処かに幽閉されただけで、一月とは持たずに死んでしまう事になります。神のマシンはもっと長持ち
するのでしょうね?」
 ソードは鎌を掛けてみた。

「はい、一年は、ああ、その、何でもありません」
 石野伊はつい口を滑らせて仕舞った。
「へえーっ、何もしなくても一年は持つんだ。羨ましいですね。週に一度は新鮮な血液と全量私は交換している
のにねえ。
 ……ところで、ここでの会話はすっかり録音されていますから、私を裏切らない方が良いと思いますが、どう
します?」
 余り使いたくない手だったが、そうのんびりはしていられない。なりふり構わず金森田が自分を殺しに来る日
が意外に近いかも知れないのだ。

「ろ、録音! し、しかし、こ、困るのはソード様、貴方もですよ。金森田先生に知られたら、貴方だってただで
は済まない!」
 石野伊は開き直った。
「別に構いませんよ。一蓮托生二人で地獄に落ちて行きましょう。生きていても私には何の楽しみも無い。女
を抱く事も出来ずにこの後ずっと生きて行くのは辛過ぎますからね。
 私が日頃どんな思いで生きているとお思いですか? 性欲は溜る一方でその捌け口が無い。一時凌ぎに自
らを慰める事さえ出来ないのです。
 私はこの様な体を自ら求めた訳ではありませんからね。金森田に脅されて仕方無しにやったのですから。
知っておられるのでしょう?」
 ソードは昇だった頃の感情を思い出しながら言った。

「し、しかし、それは、病状の悪化の為に仕方が無かったのでは?」
 石野伊はやはり真相を知らないのだ。
「ははははは、病状を悪化させる様に仕向けたのも、金森田の仕業なのですよ、知らなかったのか!」
 ソードは珍しく激情をぶつけた。

「な、な、何ですって。そ、そんな! あ、有り得ない!」
 石野伊には信じられない事だった。恐らく神のマシンに関わる殆どのスタッフ達は石野伊と同様に、巧妙な
金森田の口車に乗っていたのだろう。

「私はSH教の闇の部分の事も良く知っている。だが私が頂点に立ったなら、闇を善に変えていく積りだ。誰の
責任も問わない。私がどうしても許せない男はたった一人、金森田玄斎だけだ。
 彼は私にとってかけがいの無い女を殺した。更にもっと何人も殺されるかも知れなかったので、取引に応じ
た。この体、サイボーグになる為の取引にね。
 鏡川キラ星という女性を彼は残忍な方法で殺した。拷問に掛けて殺した事も分かっている。あの男だけは許
せない。その事を警察に言っても、証拠らしい証拠は何も無い。
 何時も実に巧妙だ。だから私は、警察に行って、何もかも打ち明ける事など無意味だと思った。警察の中
にも彼のシンパが居て、彼を正当に裁く事は極めて困難だ。
 私は時を待っていたのだ。ただ、少しばかり私も変った。何時の間にかSH教を愛する様になっていたのです。
悪党はほんの一握り。その頂点に金森田が居る。
 彼がいなくなれば、SH教はすっかり善の教団に生まれ変わる事が出来ると、私は信じているのですが、どう
するかは貴方次第です。暫く時間を差し上げましょう。よく考えて頂きたい」
 余りに信じられない話を聞いた石野伊は暫し呆然としていた。それからものも言わずに、フラフラとソードの
部屋を出て行ったのだった。

 しかしソードの最初の賭けは失敗に終った。それから数日後、金森田が帰国する直前に、石野伊藤吉は、
首を吊って自殺してしまったのである。
 当たり障りの無い遺書を残していた。警察の捜査も形式的なもので終った。彼は莫大な借金を苦に自殺した
事になったのである。

 実際にかなりの借金があったのだが、返して返せない金額ではなかった。しかし家族の証言では、
「あの人は借金の嫌いな人で、数千万という借金を苦にしたのでしょう。その位気の小さい人でした。二、三年
もあれば、十分に返せたのですが……」
 という話があって、辻褄がピッタリ合ってしまったのだった。それで全てが片付いてしまったのである。

『く、早まったか! 絶好のチャンスだと思ったのにな。兎に角時期を待とう。……あああ、しかし、失敗した。
うううむむむっ!』
 ソードは相当に悔やんだ。
『これからは、もっと慎重にやろう。自殺などしないような奴で無いとね、だけど、あああ、失敗した!』
 何度も何度もそう悔やんだ。石野伊が気の毒というよりも、彼の家族に申し訳が立たない気がしていたので
ある。

 それから数週間が過ぎて、彼の一番弟子を自認している、若川原和寿(わかがわらかずひさ)青年が息を切
らしてソードの元にやって来た。
「ソ、ソード先生! テレビ局から電話なのですが、ワ、ワイドショーに出てみないかって言って来ているのです
が!」
 嬉しそうにそう言ったのだった。

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