夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ワイドショー?」
「はい、お昼の時間帯のものなのですが、今回はゲスト出演ということです。なるべく早く返事が欲しいという事
なんですが……」
「ゲスト?」
「はい、そのワイドショーの司会者の方が、先生に是非会ってみたいと言うことです。競歩の世界選手権に優
勝したことについて、少し話題になって来ているので、今日にも、お話を聞いてみたいとかのようです」
「スポーツ関連の番組ではなくて、お昼のワイドショーですか。うーむ、どうしたものかな……」
ソードは少し困った。正直言って競歩の知識が豊富な訳ではない。根掘り葉掘り聞かれると、ボロが出る恐
れがある。
また顔を大写しされるのも苦手である。人間の血が通っていないことが、ばれはしないかと気が気ではない
のだ。
「悪いんだけど、次の大会が迫っているからね。また水泳なんだが、今度は世界選手権の予選なんでね。それ
に今、全力を挙げている最中だからと言って断ってくれないか、丁重にね」
「こ、断るのですか? ざ、残念ですね。ああ、惜しいな……」
若川原和寿青年は如何にも残念そうである。
「はははは、随分残念そうだね。まあ、そのうちにチャンスがあるかも知れないから、そう気を落とさなくても良
いと思うよ」
「は、はい、それでは断って来ます、失礼しました」
如何にもがっかりした様子で、若川原青年はその場を去って行った。
ソードには他に女子の弟子達も居るのだが、通常は会わない事にしていた。この様な緊急の連絡の時でも、
必ず男性が来るように言ってある。女性が少し苦手だと言っておいたのだが、
『若い女性だと、情欲が刺激されて叶わないからな……』
そう思っての事だった。強靭な精神力で抑えてはいるものの、暴発の危険性さえ感じて来ていた。
『情欲が爆発したとして俺に何が出来るのだ? セックスは不可能なんだし、考えられるとすれば、女をよがら
せて満足するしかないのか? しかしそれで満足するか? うーん、どうすれば良いのだろうな……』
ソードはほとほと困り果ててもいたのである。
『さて、水泳の練習の振りでもするか』
ソードはSH教の地下に個人的なプールを作っていた。SH教団大幹部の経済力の凄さを、ソードは逆に思い
知った気分である。半ば冗談で
『自分専用のプールがあったら、世界記録も出せる気がする』
と言ったのがきっかけだった。数ヵ月後には立派なプールが出来上がっていたのである。
たった三コースしかないが、長さは公式競技にも使える様に五十メートルあって、タッチセンサー付きの本格
的なものである。
大きな電光掲示板があり、タイムが一目で分かるし、世界記録や、日本記録、自己ベスト記録などが瞬時に
比較表示される様になっていた。
ソードが泳ぐ時には水泳関係者ではなく、数人の研究者達が付き添う。短距離では難しいが千五百メートル
でなら世界新記録も決して不可能ではない。問題なのは何時も決って人間らしく泳ぐ事である。
それともう一つ厄介なのはドーピングの検査だった。尿は何とかなったが、近年では、血液を採取する方法
も取られるようになって来た。
薬物が使用されるのは、特に人気種目に多い。水泳は競歩などに比べると遥かに人気があって、薬物使用
の可能性は一段と高い。
その為、ソードの出場する千五百メートル競泳でも、ドーピング検査に血液の採取が決っていたのである。そ
の対策に今大童になっていたのである。何しろ彼の腕には血管が無いのだ。
「さて、これから新型の血管付きの腕を装着します。それまで四、五時間掛りますから、ゆっくりお休みになって
いて下さい」
そう言われて、ソードは地下の医療科学研究所、もう事実上彼の家の様にもなっている一室で、両腕を取り
替える手術が行われた。手術といっても出血の心配も無いし、麻酔の必要も無いものだった。
体中にある継ぎ目の内の一つ、肩に近い辺りの腕の継ぎ目に、特殊な数種類の薬液を何回か塗ると、深い
切込みが出来て行って、数センチの厚さのある人工の皮膚がスポッと指先から抜け落ちるのである。
中は人の骨格に似せてあるが、明らかに機械だった。ロボットの腕に良く似ている。
「今回はこの機械部分も取り替えるので、何時もより時間が掛ります。お休みになられていても宜しいですよ」
自殺した石野伊藤吉に代って、渡米平錬四郎(とべいひられんしろう)が中心になって、手術は行われた。
ソードにとって意外だったのは両腕を取り外した事である。
「両腕にしたのか?」
腕を取り替えても痛くも痒くもない。ソードは自分の腕を取り替える作業をじっくり見ていた。最初のうちは気
味悪かったが、今ではもうすっかり慣れてしまっていた。
「はい、万一の事を考えて、念の為にやって置きます。それと脈拍も打つ様になっていますから。それから最
近はDNA鑑定なども行われることがあるので、近々ソード様の全身の皮膚及び毛髪、陰毛、産毛なども取り
替えます。
かねてから我が医療チームはソード様の細胞から毛髪や皮膚などを作る研究をしていたのですが、ほぼ完
成の域に達しています。年内にはその装着が可能かと思われますので、今しばらくお待ち下さい」
「大会までに間に合うのか?」
「残念ながらそれはちょっと。ただ新年早々の世界水泳競技大会になら十分に間に合います。その時には遠慮
なく優勝されて下さい」
「はははは、優勝されて下さいか、他の選手達が聞いたら気を悪くするだろうな。しかしここまで来たら成り行き
上仕方あるまい……」
ソードは少し悲しげな顔になった。色々都合があったとしても、世間を欺く事に違いないのだから。
その後暫くソードは眠りに付いた。数時間後に目覚めた頃、部屋には自分と渡米平の二人だけがいた。
「お目覚めですか? 気分はどうですか? 手術の方は一応終りましたが、今一休みしてから、最終チェック
に入るところです」
「ああ、そうか、いや、しかし良く眠った。ところで渡米平さんは休まなくても良いのかな?」
何か深刻そうにしている渡米平の様子が気に掛った。
「真相を知りたいのです。石野伊さんは本当に自殺したんですか。自殺したのが本当だとしても、理由は何です
か? 本当に借金を苦にしたんですか?」
ベットに横たわっているソードの横に立って、渡米平はまるで詰問しているみたいな言い方をした。
「自殺は本当だ。しかし真実を知っても苦しむだけかも知れませんよ。それでも良いですか?」
ソードは穏やかに、しかしかなり正直に語り始めた。
「か、構いません。彼は私にとって必ずしも良い上司だった訳ではありません。何でも自分が一番みたいな人
でしたから。でも、その彼が自殺したとなると、余程の事です。
本当は随分迷いました。真実を知るのが怖くもあったんです。しかし多分あの事じゃないかと、薄々見当が付
いているのです。
何も知らなければ良かったのですが、どうしてもその事が気になって仕方が無くて、今、こうして聞いている訳
です。神のマシンの設計変更についての事なんですが……」
渡米平は恐々聞いた。
「そうですか。確かに神のマシンと関係があります」
「やっぱり! ……簡単に言えば、無理難題を押し付けられた様なものです。それを苦にしたんですね。どうし
ても出来ないという事で、でも金森田先生の命令は絶対ですから。その板挟みになったんですね?」
渡米平はやっぱり思った通りだ、と言わんばかりだった。
「少し早とちりですよ。それだけだったら彼は自殺なんかしない」
「ええっ、まだ他に何かあるんですか?」
「そう、それを聞きますか? 俺はなるべくなら言いたくない。それを聞いてしまった為に、恐らく彼は自殺したん
です。それでも聞きますか?」
「そ、それはその、ちょ、ちょっと待って下さい。それ程大変な事があったんですか?」
「はい、金森田という男の正体を話したんです。そればかりではありません。言い難いのですが、私が彼を少し
脅したんです。
今では後悔しています、言わなければ良かったと。脅したりしなければ良かったと。やっぱり止めて置きましょ
う。この世の中には知らない方が良い事もあるのですから」
ソードは犠牲者が更に増えることを恐れた。
「うううう、それはそのう、うううう、しかし設計の変更は出来そうもありません。金森田先生の命令が聞けないと
すれば、厳しい仕置きが待っています。家族にも迷惑が掛る。
どっちにせよ、私には死しか待っていない。だとすれば、家族に迷惑が掛らない、自殺を選んだ方がまだまし
だと言うことになる。……き、き、聞かせて下さい。もう、後戻りは出来ませんから!」
渡米平は覚悟を決めた。
「そうですか。少々気が重いですけど、お話致しましょう。金森田は……」
ソードは脅しは止めたが、それ以外のことについては石野伊の時とほぼ同じ事を言った。
「ええっ! 金森田先生の脳を削る! そ、そんな! な、なるほど、その様な話ではとても生きて行かれない。
やっと分かりました、彼の気持ちが。ああああ、どうすれば良いのでしょうか?」
予想通り、渡米平も呆然としてしまった。
「自殺はしないで下さい。正直言ってこれ以上自殺されたら、堪りません。俺に協力はして貰えないのですか?
まあ、無理にとは言えませんけどね。他に方法は無いと思うのですが。
しかしまだ少し時間がありますから、ギリギリまで考えられたらどうですか? 死ぬにしてもそれからでも遅く
は無いと思いますけど」
ソードは何とか自殺を思い止まって欲しかったのだった。