夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「今、ノーハンディと言いましたが、それは少し違うので、訂正します」
「はははは、そうですよね、でどんなハンディを付けるんですか?」
 司会者はソードがハンディを要求すると思った。

「いや、そんな意味じゃなくて、先ず男女のハンディがあります。それとそちらさんは現役ではありません。これ
が二つ目のハンディ。更にもう一つは、そちらさんは確か短距離の選手じゃなかったですか?」
「はい、一番得意なのは千メートルでした」
 エリカは怒り出したい感情をグッと堪えて言った。

「そうですよね、だから一万メートルというのは大きなハンディになります。これだけのハンディがあれば十分で
すよ」
 ソードは平然と言った。

「言ってくれるわね。じゃあ、受けて立ちますわ。念の為にお聞きしますけど、スピードスケートの経験はおあり
なんですか?」
「いいえ、アイスホッケー用のスケートに少し乗れる程度ですけど」
「あはははは、馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ! スピードスケートを甘く見ると痛い目にあいますわよ。
スケートには主に三種類あります。スピードスケート、フィギュアスケート、そしてアイスホッケー用です。
 乗り慣れなれなければ、機種が違うと殆ど乗れないんですわよ。例えフィギュアで金メダルを取っても、スピー
ドスケートは全然駄目なんです。貴方はアイスホッケー用のタイプにしか乗ったことがないのでしょう?」
「はい、まあ、そうですけど」
「話にならないわね。この番組では本来なら一週間毎に挑戦するスポーツを変えるんですけど、どうでしょう、
この方無謀過ぎて話しにならないから、一ヵ月後に挑戦という事にして下さいませんか?」
 エリカは恩情の積りで言った。

「あのう、ええと、それはちょっと、……」
 女子アナウンサーが少し渋った。例外は認められない、それがこの番組の売りでもあるからだった。
「ええと、俺だったら平気ですから。一つだけこちらも注文を出しておきましょう。全力を出して滑って下さいよ。
手を抜いたら承知しませんよ。最も手は多分抜けないでしょうけどね。そんな事をしたら大敗を喫してしまいま
すからね」
 ソードの言い方は如何にも挑発的だった。

「何ですって、貴方、私に喧嘩を売る気!!」
 とうとうエリカは怒りを露にした。
「いいえ、ここで喧嘩はしません。スケート場で決着を付けようじゃありませんか。もし貴方が勝ったら、貴方の
言う事を一つだけ何でも聞いて差し上げます。それでどうですか?」
「く、く、く、覚えて置けよ、その言葉!!」
 美人の誉れ高いエリカの鬼の様な形相が、全国のテレビで大写しになった。この様なアクシデントは放送局
側の人間にとって願ってもないことだった。視聴率が上がると思われたからである。

「そ、その、喧嘩はよしましょう。兎に角、次の競技は、スピードスケート一万メートル、ノーハンディレースに決
定!!」
 司会者は喧嘩腰の特にエリカをなだめるのに四苦八苦だった。しかしその激しい応酬で視聴率がグンと跳ね
上がって、放送局側では大満足だった。
 ただエリカをコマーシャルに使っていたスポンサーだけは、イメージダウンだと渋い顔になった事は、勿論のこ
とである。

「ところで大丈夫なんですか? あれだけ言って、完走出来ればまだしも、途中棄権では番組的に非常に拙い
のですが……」
 番組の録画取り終了後、プロデューサー等、関係者が集まって来て、ソードに真意を聞いた。
「まあ、丸三日も練習すれば何とかなるんじゃないんですか? 要するに転びさえしなければ良いのですから。
確か練習のサポートはしてくれるんでしたよね?」
 ソードはいたって暢気だった。

「何か心許無いですね。本来なら確かに仰る通り三日間の特訓なんですが、もっと練習した方が良くないです
か?」
 四、五人集まったスタッフ達は青い顔をしていた。
「はははは、特別扱いは無しなんでしょう? 何時も通りにして下さい。一旦私は教会の方に戻って、再び上京
しますから。全て予定通りにして下さい。お願いしますね。変な事をして、後でああだこうだと言われるのは嫌
ですからね」
 ソードは何処までもマイペースを通した。スタッフは渋々引き下がったが、
「じゃあ、一つだけ。これからスケート場に行ってくれませんか。直ぐ近くにもあるんで、そこで滑り方をチェック
させて下さい。その状態をみて対策を考えますから。今直ぐ行きますからね!」
 プロデューサーはそこは譲れないと念を押したのだった。

 一応形の上では夕食を皆で取るという事にして、プロデューサーや司会者、女子アナまで一緒に行く事になっ
た。プロデューサーの奢りという事で、俄かに大人数になった様である。
 ただ、ソードは眼鏡をサングラスに変え帽子なども被って、変装して行った。先ず早速、スケート場で滑れる者
達だけで滑ったのだが、ソードの滑りは散々だった。

「はははは、やっぱり不慣れだと上手く行かないものですね。アイスホッケー用とスピードスケート用じゃあスケー
トの長さが全然違う。それにスピードスケート用は刃が薄いんですね。あはははは、こりゃ参ったな……」
 ソードはひたすら笑っていた。転ばない様にするのが精一杯だった。

「やっぱり言わない事じゃない。これじゃあ、一週間の特訓位じゃとても追いつかないでしょう。普通にハンディ
を付ければ良かったと思いますけどねえ……」
 プロデューサーは苦り切った顔である。

「ああ、でも、少し様になって来ましたわよ」
 女子アナウンサーが言った通り、小一時間ほど経って、ソードの滑りが徐々に上手くなって来たので、皆は
その上達振りに驚いた。
「へえー、一時間でここまで来るんだ。こりゃ、ひょっとすると、結構いい線行くかも知れない」
 大半の者は席に着いて見守っているだけだったが、女子スタッフの一人がフィギュアだと割合滑れるので、
二人で並んで滑っていたが、間も無く、ソードのスピードに付いて行けなくなった。
 そこがスピードスケート用とフィギュア用との違いでもある。スピードスケート用は当然スピードが出るのである。

「ふうう、安心した。これだったら何とかなるでしょう。ああ、何か急にお腹が空いて来たな」
 司会者がそう言うと、
「あはははは、そうですね、まあ、今日は私の奢りという事で、皆さん遠慮して食べて下さいよ。ええ、その、勢
いで言っちゃったけど、皆付いて来るんだものなーーーーっ!」
 プロデューサーは渋い顔をした。本当はソードと自分と、スケートの出来る女子スタッフ一人の三人だけの積
りだったのだが、我も我もと付いて来てしまったのである。

「そろそろ宜しいですか? 大分慣れて来たので、これなら行けると思いますよ、勝敗は別にしてね」
 ソードは一時間半ほどでスケートリンクから降りて来た。
「ソードさん凄いです。最初は全然駄目だったのに、一時間位でもう、スイスイですからね。どうしてそんなに急
に出来るようになっちゃったんですかねえ」
 フィギュアスケートのかなり上手な女子スタッフも目を丸くして驚いていた。

「まあ、元々アイスホッケー用である程度滑れましたからね。コツさえ掴んでしまえば、難しいのはカーブだけで
すから。俺にとってはむしろフィギュアの方が難しいかも知れない」
 ソードは最初は教えてくれていた女子スタッフを持ち上げる様な言い方をした。
「そんなこと無いですよ。ソードさんだったらフィギュアも結構行けると思いますよきっと。次の次はフィギュアか
な? てへへへ」
 女子スタッフはそう言うと、嬉しそうにしながら顔を赤らめた。

「じゃあ、ここのレストランで夕食を食べましょうか? ええい、こうなったらもう破れかぶれだ。じゃんじゃん食っ
て飲んでくれ!」
 プロデューサーは覚悟を決めて言った。
「ああ、折角のお誘いですが、教会の方で待っている人がおられますので、私はここで失礼致します」
 ソードはケータイのメールを読んでそう言った。
「ええっ! そうですか、それは残念ですね。……そうだな、アザミ君申し訳ないが、ソードさんを新幹線の駅まで
送って行って貰えないかな。東京は不慣れなご様子だからね」
 プロデューサーは済まなさそうに言った。

「はい、良いですよ。それじゃあ、行きましょうか。その格好ならばれないでしょうから、電車で行きましょう。駅
は近いですから。じゃあ、皆さん、失礼します」
 アザミは何とも行動が早かった。
「ああ、じゃあ、皆さん失礼致します」
 ソードも簡単に挨拶をしてその場を去った。アザミと並んで歩きながら、色々話をした。

「ソードさんのお荷物とかはお弟子さん達が運ばれているんですわよね」
「はい。ここからホテルに戻るのも結構手間ですから、先に帰って貰いました。お陰で手ぶらで帰れます」
「でも誰も付いていなくて大丈夫なんですか?」
「はい、テレビ局の人が付く事になっていましたから。急遽スケート場に行くとは思っていなかったものですか
らね。でも新幹線のホームにいる筈ですよ。三人ほどね」
「SH教という宗教団体でしたよね、悪名高い、あっ、ご、御免なさい、御免なさい」
 アザミは相当に慌てて謝った。

「はははは、良いのですよ。確かに悪い事をしたのですから。まあ、私は立場上、失った信用を取り戻す為に、
日夜こうして奮闘しているのです。
 しかしアザミさんはなかなかフィギュアスケートがお上手ですね。大会とかに出られた事がおありなのではあり
ませんか?」
「私は補欠専門なんです。何をやっても万年二流って感じなんです。羨ましいな、ソードさんは何をやってもトップ
なんでしょう?」
「はははは、そのうちに化けの皮が剥れて、がっかりするかも知れませんよ……」
 ソードの寂しそうな言い方がアザミには少し気に掛ったのだった。

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