夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 最寄の駅に着いて、電車に乗り込むとほぼ満席なので立っていたのだが、四十前後くらいの男がニヤニヤ
笑いながら寄って来た。
「姉ちゃん、良い体しているな。へへへへ、サービスしろや」
 そう言うと、いきなりアザミの胸を鷲掴みにした。

「キャーーーーッ!」
 アザミは大声で叫んだ。
「煩えな! 大人しくしていりゃ、怪我せずに済むものをよ。関節技って知ってるか?」
 言うが早いか、男はアザミの指を掴んでねじ上げた。

「痛い、痛い、痛い!!」
 堪らずアザミは悲鳴を上げた。全てが実に素早くて、誰にも止める間が無かった。男は中肉中背だったが、
相当にすばしっこそうである。頭は丸刈りで、かなり日に焼けている。腕に自信があるから、こんな事が出来る
のだろう。

「止めろ!」
 ソードが言うより一瞬早く、若い体格の良い男がアザミの指をねじ上げていた男に殴り掛っていた。
「へへへへ、正義の味方さんのお出ましですかい?」
 あっさりと身をかわして、丸刈りの男は今度は殴りかかった青年の指を掴んでねじ上げた。

「ウアーーーーッ!!」
 青年は悲鳴を上げた。青年は弱そうな男ではない。それが造作もなくやられるのだから、丸刈りの男はよほ
ど強いのである。

「止めて貰えませんか」
 何とも穏やかに、ソードは言った。
「な、何だ、手前は!」
 丸刈りの男はちょっと調子が狂った感じである。それ程ソードの言い方は穏やかだったのだ。

「関節技が得意なんですね。私にも通用しますかね」
 ソードは相変わらず穏やかに言った。
「この野郎、ふざけやがって!!」
 男は今度はソードの指を掴んで、同じ様にねじ上げたが、機械の体のソードには当然通用しない。間接の逆
を取られても、ハイテク超合金で出来た人工の関節はびくともしないのだ。
「おや、これが痛いんですか?」
 などと涼しい顔をしている。

「な、何じゃお前は! こ、殺してやる!」
 丸刈りの男は今度はソードの後ろに回りこんで首を裸絞めにした。ガッシリと右腕が喉に食い込んで、通常
なら息が出来ずに直ぐ失神するし、そのまま数分間も続ければ、死んでしまう。
「もう少し力を入れた方が良いんじゃないんですか? 何ともありませんよ」
 相変わらずソードは悠然と喋っていた。そもそも息をしていないのだから息苦しくなる事はない。

「えっ! く、くそう!」
 言われて男は更に渾身の力を込めたが、
「どうしたんですか? 何ともありませんよ?」
 やっぱり涼し気にそう言う。

「うあああああーーーーっ!! 化物だーーーーっ!!」
 丸刈りの男は、そう叫ぶと、間も無く着いた次の駅で半分転びながら、ほうほうの体で逃げて行ったのだった。

「大丈夫だったですか?」
 ソードはまだ指を痛がっている、アザミと助けに入った若い男の身を案じて言った。
「だ、大丈夫です。それにしてもお強いんですね」
「はははは、め、面目ないです」
 アザミの言った後で、青年が照れ臭そうに言った。

「とんでもない、勇気ある行動に感服しましたよ。ただああいう輩には気を付けた方が良い。と言っても、どうに
もなりませんけどね」
 ソードは相手がナイフを持っていなくて良かったと思った。ソード自身はナイフで刺されても平気である。しかし
それが問題なのだ。ナイフで刺されて、人工の血液などが流れても、平然としているのでは最早人間ではない事
がばればれになってしまう。
『もしもの時は痛そうな演技をする事になるだろうが、上手く演技出来るかどうかね、自信がないな』
 などと思っていたのである。

 その後暫し談笑している内に、新幹線の駅に着いた。三人ともそこで降りて互いに礼など言い合って、また少
し話をしてから、ソードはアザミに新幹線のホームまで連れて行って貰った。
 東京に滅多に出て来た事の無い者にとっては、東京駅等の構造は殆ど理解し難いので、東京に在住してい
るアザミ辺りに連れて来て貰うのが一番無難である。

「先生、もう時間ギリギリですよ。心配しましたよ、迷子になっているんじゃないかってね」
 若川原和寿青年が少し怒った様な調子で言った。確かに発車五分前になっていた。
「ああ、悪かったね、色々アクシデントがあってね。電車の駅のホームで少しお話をしたりしたものだから、ちょっ
と遅れたけど、でもちゃんと間に合っただろう?」
 ソードは相変わらず暢気である。

「じゃあ、その、ここまで送ってくれて有難う。皆さんに宜しく。またこの次に会う事を楽しみにしていますよ。それ
じゃあさよなら」
 余り時間が無いので、互いに紹介などもせずに、お礼を言い合ってその場で別れてお仕舞になった。

 ソードとその弟子三人とが列車に乗り込んで間も無く、新幹線は北へと向かって発車したのだった。アザミは
新幹線が見えなくなるまでずっと見送っていた。何故だか胸がキュンとした。
『私も一緒に乗って行けば良かった!』
 そんな風にさえ思った。それからケータイで、無事にソードを新幹線に乗せて帰した事を、プロデューサーに
メールで送って、帰宅したのだった。

 新幹線にソードと一緒に乗ったのは、和寿と後二人、助乃川栄太郎(すけのかわえいたろう)と大山田宗徳
(おおやまだむねのり)である。
 一緒に行動したがる女子も少なくなかったが、性欲処理の関係で女子をそばに寄せる事は出来る限り避け
ていた。

 例えば口があり舌があっても、ソードはキスが出来ないのである。それらは声を発するのに巧みに動くけれど、
彼自身は殆ど何も感じていないのだ。
 ただ発音したい言葉が脳からの微弱な電気信号となって、超小型のコンピューターに入力され、その処理で
その通りに音が出て来るだけであって、高度のMIDI発音処理をしているのに過ぎない。呼気と声帯とで発音し
ている訳ではないので、首を絞められても平然と話が出来るのだ。

 そして勿論食べ物を食べることも本当は出来ないのである。折角のプロデューサーの奢りを断ったのは、そ
の為だった。会いたい人がいる等というのは全くの作り話だった。
 食べた振りは出来るが、腹部に水分だけを通す丈夫な袋があって、そこに噛み砕かれた食物が溜め込まれ
るだけなのである。
 その袋にギュウギュウに押し込んで、月一回位開腹手術で取り出す。勿論腐敗して悪臭など出ない様に袋の
中には予め消毒薬などが仕込んであるのだ。
 別の部分に溜め込まれた水分だけは、肛門部分から排出される。これも力んで出したりするのではなく、脳
からの命令で、自動的にモーターの力で排出されるのである。排便感や排尿感等は一切無く、し終わってさっ
ぱりする事も無いのだ。

『半分生きているけど、半分は死んでいる。幾ら仮に永遠の命を得たとしても、何だか酷く虚しい。それもこれ
も愛する者達の為だ。兎に角あの男を抹殺するまでは死んでも死に切れない!』
 新幹線の中で二人ずつ向き合って座り、電車の中での関節技を使うチンピラっぽい男とやりあった話等をし
ながら、ソードはそんな事を感じていた。

『神のマシン』の設計変更は脳の容積について、一切触れられないままに、兎にも角にも順調に進んでいた。
結果としては、ソードの考えた方向に計画は進んでいたのである。
 知らないのは末端の研究者達と金森田玄斎本人だけだった。金森田は慎重な男だったのだが、何故だか
その点には気が付かなかった様である。
 近年、彼は酒や女に溺れ気味の乱れた生活をしていたので、余り長くは持たないと、悟っていたのだろう。
その為の焦りがあったのかも知れなかった。

 ソードが教会に帰った次の日にはもう『一にスポーツ、二にスポーツ!』の関係者が迎えに来た。重大な用件
が有ると言うので早速会ってみると、
「ソードさん、大変な事になっています。貴方と対決する事になった、紫花エリカさんが実は練習中に怪我をしま
して、その代わりに、彼女の友人の、黄味麻呂(きみまろ)ユウカリさんが出場する事になったんです」
 男子のスタッフが言うと、
「そうなんです。でも彼女は引退したとは言え、一万メートルが一番得意で世界大会で優勝した事もある人なん
ですよ」
 そう言ったのは、昨日別れたばかりのアザミだった。かなり意気込んでいる。

「へえ、それじゃかなりヤバイですね。ハンディが一つ減ったんですからね。それで早く来いという事ですか?」
「ええ、差し支えなければ、これから直ぐにでも。今夜はゆっくりホテルで休んで頂いて、明日の早朝から猛特
訓という事でどうでしょうか?
 それだったら一日早いだけですし、その点はエリカさんもユウカリさんも了承していますから。向こうもアクシ
デントの為とはいえ、有利になった訳ですから」
 男子スタッフは直ぐにも引っ張って行きたそうに言った。番組的に両者の差が余り大きくては拙いのだ。ギリ
ギリの所で勝つか負けるかが決る。そう言う演出の意図があるようである。

「しかし困りましたね。私にも色々と予定が御座います。今日は無理です。行くとしても明日です。それも午後に
なります。どうでしょう、皆さんがその気だったら、明後日の午前零時からの特訓という事で。それだったら約束
違反にはならないし、私の方も都合が良いのですが。ちょっと眠いですか?」
 予定がある事は本当だった。結局ソードの言う通りになったが、ソードに付いている局のスタッフ達は心配
だった。
 ユウカリは事情をエリカから聞いて、それこそ憎しみに燃えた猛特訓を、既に始めていると言う情報があった
からである。

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