夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 ソードが言った用事と言うのは他でもない、彼の体の部品の交換である。研究員達と相談して、首を絞めら
れた場合、声の出し方もそれなりに変形が必要だろうという事になった。
 早速その為の部品が彼も協力して今日作られ、明日本格的に装着する事になったのだ。上手く行けば明日
の午前中にも作業は終了する予定である。

 ソードを迎えに来た、番組の男子スタッフ、赤根沢芳樹(あかねざわよしき)と、アザミとは教会側の好意で
一晩だけそこの施設に泊る事になった。
「簡易ベットのあるだけの粗末な部屋で良ければお泊り下さい。料金は要りませんので」
 ソードにそう言われると、二人とも始めは大喜びで泊る事にした。しかし彼が用事で席を外した後になって、
どんな部屋なのか少し気になりだした。

「いや、有難いですよ。本当の事を言うと、私共の宿泊費は自腹なんで、大いに助かります。今日中にソード
先生を連れて帰る予定だったので、予算を見てくれていないんですよ。本と、助かります」
「有難う御座います。本当に無料で宜しいんですか?」
 芳樹は遠慮なく泊めて貰う言い方をした。アザミはセキュリティが気になった。中年の男に電車の中で襲われ
たことが尾を引いている。更に、
『シャワーも出来ればあった方が……』
 などとも思ったのだった。

「超簡素な部屋ですが、一応キーがありますし、シャワーも付いております。勿論トイレもです。昔はともかく、今
時はこれ位で無いと、誰もただでも泊ってくれませんからね、はははは……」
 ソードの代わりに応対したのは、助乃川栄太郎だった。ガッシリした体格で、荷物運びとボディガードを兼ね
ているらしいことが窺えた。

「あ、ああ、そうなんですか、何か安心しました」
 ほっとしたのはアザミばかりではなく、芳樹もだった様である。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」
 必要最低限度の設備は整っている様なので、アザミも安心して宿泊する事にしたのだが、むしろ逆に、無料
という事が引っ掛った。

「でも、無料にして大丈夫なんですか? 採算が取れないんじゃありませんか?」
 考えてみればシャワーは水道料金が掛るし、明かりは電気が掛る。維持管理にそれなりにお金が掛かる筈
である。
「はい、水道料金は豊富な井戸水がありますから要りませんし、電気はかなりの部分自家発電で、賄っており
ます。掃除は私共が修行としてやっておりますので、不足分の電気料金も寄付金で楽に賄えます。
 もしご心配でしたら、どうぞ遠慮なさらずに、寄付金をお支払い下さい、……あはははは、冗談ですよ。お二
人からお金など頂いたら、ソード大先生にお叱りを受けてしまいます。今のは本当に冗談ですので」
 ニコニコ笑いながら話したのは、付き人の一人、大山田宗徳だった。相当頭の切れそうな男である。

「今大先生と仰いましたけど、私共は単にソードさんとかソード先生とか言っているのですが、大先生と言わな
いと拙いのでしょうか?」
 アザミはかなり気軽に接して来たソードが、ここではトップクラスの人間らしいことを再認識した。一応資料的
には知っていたが、余り偉ぶらないので、つい年上の友達感覚で話をしていたのである。

「いいえ、先生は私共にも大先生などという言い方はしない様に、またさせない様にしておいでです。その様な
言われ方を嫌うお方なので、ソードさんで十分です。
 SH教以外の人達にはくれぐれも、先生等と言わせない様にしなさい、と仰っておられますので、それで構い
ません。むしろ先生と言わない方が、ご本人は『ソーちゃん』と呼ばれたがっているようですよ」
 相変わらずの笑顔で宗徳は言った。

「ソ、ソーちゃんですか? はははは、本当に良いんですか?」
「はい、私共には恐れ多くて出来ませんが、一般の方だったら、それで宜しいかと思います」
 今度は割合真面目に栄太郎が言った。
「はははは、本当に言っちゃおうかな。……ところでソードさんはどちらへ行かれたんですか?」
 何気なく芳樹は聞いた。

「はい、お祈りの時間ですので、自室か、お祈りの部屋に籠っておられると思います。それとただ単にお祈りを
するのではなく、昨日までの行いの反省や今後の行動について、他の先生方と協議したりするようです」
 栄太郎は神妙な感じで言った。

「お二人は一緒には行かれないのですか?」
 アザミもごく自然に聞いた。
「とんでも御座いません。私共の他に、今所用で出掛けておりますが、自称先生の一番弟子の、若川原君も
いわゆる先生の付き人なのですが、それは教会から出た場合の話しで、教会の中では、まあ、位も低いです
し、対等にお話しする事は殆ど出来ません。
 私共に出来るのはこうして、待機していて、先生に関わる人達のお相手をする位なんですよ。ですから今、
何処で何をされているのかは殆ど分かりません。あと何年経ったら先生と対等にお話出来る様になることやら」
 さっきまで笑顔だった宗徳から笑顔は全く消えて、少し辛そうな感じになった。

「話は違うのですが、ソードさんは何か格闘技をされているんですか?」
「いいえ、特にはしていないと思いますが」
 アザミの質問に、栄太郎は即座に答えた。自身はかなり格闘技をやるようである。
「でも、関節技を使う男にやられても平気みたいでしたから、何か技を使うのではありませんか? 私を襲った
男は化物だと叫んで逃げて行きましたけど」
 アザミは更に追求した。

「そのお話は私達も聞いていますが、大先生の話と少し違うようですね。先生は通りすがりの青年に助けられ
たと言っておりました。違うのですか?」
 宗徳は不思議そうな顔で言った。
「はい。謙遜されているのかも知れませんが、確かに若い体格の良い男の人が助け様としたのですが、逆に
やられてしまったんです。
 それでソードさんが挑発する様な事を言うと、そのチンピラ風な男はソードさんの指を掴んでねじ上げたんで
すが、全然平気そうでした。
 その男は今度は首を絞めたのですが、やっぱり平然としていました。『もっと力を入れた方が良い』とか言っ
て悠々としていました。そのうちその男は、化物だって逃げて行ったんです」
 アザミの言葉は男達を驚かせた。

「もしお話が本当だとすると、大変な関節技の達人ということになります。名人クラスになると、ちょっとやそっと
関節技が上手く決った様に見えても、実際には決めさせませんし、決められないのです。
 そこで余裕で、もっと力を入れたらどうだ、何て言う訳なんですが、大先生が関節技を使うという事は初耳な
んですがねえ……」
 栄太郎は自分も関節技などをやるので、ソードが関節技の大家だとは、俄かには信じ難かった。

「直接聞かれたらどうですか?」
 気楽な感じで、芳樹は言った。
「先生が自ら仰らないのに、とても聞けませんよ。でも、何か訳があるのかも知れませんよ。ご自分からは言い
たくないのかも知れません。
 まあ、そのお話はここまでに致しましょう。そろそろ、私共もお祈りの時間ですので、これで失礼致します。あ
あ、そうそう、これが鍵ですので、部屋はこちらですから、どうぞ……」
 結局ソードの格闘家の件の真相は分からずじまいだった。

「お待たせしました。それでは参りましょう」
 翌日の午後、ソードは芳樹とアザミの前に姿を現した。例によって付き人三人も一緒である。
「申し訳ないですね、ソードさんの分のギャラしか出なくて。旅費や宿泊費も前回同様ソードさん一人分だけな
んですよ」
 タクシーを二台チャーターして、ソードとアザミと共に乗り込んだ芳樹が頭を下げながら言った。タクシー代は
一台分をソードが、もう一台分を芳樹が持つ事に話が決っていた。付き人三人とアザミは給与が低いのでそれ
に配慮した結果である。

「いえいえ、今回は前回より少しギャラが多いようですから、三人分入れて、丁度トントン位です。赤字になら
ないのですから良しとしましょう」
 相変わらず暢気なソードだった。

 暫くして、タクシーは新幹線の駅に到着。新幹線ではソードは若川原和寿と並んで座り、芳樹と向き合った。
芳樹の隣には当然の様にアザミが座った。栄太郎と宗徳はテレビ局の二人の後ろの席に並んで座っている。
 色々な話が出たが、
「ソードさんは何か格闘技をおやりですか?」
 アザミは思い切って聞いてみた。

「いや、別に特には」
 ソードは意外に思って答えた。
「でもこの間、関節技を仕掛けられても平気でしたわね。普通は有り得ないと思うのですけど」
「はははは、参りましたね。たまたま上手く行ったと思うのですけど、アハーラ拳法を少しだけ」
 ソードは林果や香澄の事を密かに少し調べていた。アハラ三人衆が、アメリカのマッサーズ州で道場を開い
ていることを知っていたのである。

「アハーラ拳法? な、な、何ですかそれは?」
 首を傾げたのは和寿だった。一番弟子を自認する自分が知らないのでは、沽券(こけん)に関わると思った
のだ。
「うん、アメリカのマッサーズ州のある街の道場で行われている、マイナーな拳法ですよ」
「どうしてそんなマイナーな拳法をご存知なんですか?」
 他の者達もそうだったが、アザミはソードとアハーラとの結びつきが全然読めなかった。

「私共の街の出身者で、タレントの久米原香澄と言う人をご存知ですか?」
「はい、それはもう、有名ですから。でもそれが何か?」
 アザミはますます分からない。
「今はもう卒業状態ですが、以前はちょっとしたファンだったんですよ」
「初耳ですよ、先生! もう、それならそうと仰って下さいよ。彼女のレギュラー番組に出演交渉でもしましょう
か?」
 和寿はムカつきながら言った。
「そんな風に言われるから嫌なんですよ。さっきも言った様にもう卒業しましたからね、彼女の事は。ただ彼女
とそのアハーラ拳法とは深い関係があるのです」
 聞き耳を立てていたソードの三人の付き人と、テレビ局の二人にもやっと接点が見え始めたのだった。

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