夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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ソードは相変わらずローブ風な衣装ではあるが、SH教の幹部らしくということで、幾分華美な金糸や銀糸の
模様の付いたものを着ている。
流石に最近は顔を露出しているが、その他の部分はなるべく見えないようにしていた。勿論派手な感じの衣
装は金森田の指示だったし、なるべく素肌を見せないのは、万に一つも人工の肌である事に対して疑いを抱
かれない様にする為の配慮である。
SH教団においてはソード以外の者は殆ど外では通常のフォーマルな服装か、あるいはこざっぱりしたカジュ
アルな服装であることが多い。彼の付き人達は今回は仕事なので如何にもそれらしくフォーマルなスーツの上
下である。
テレビ局の二人はやはり仕事で来ていることもあって、フォーマルっぽいスーツだった。如何にも固そうな服
装の連中の中では華美なローブのソードは異質な印象を受けるのだが、
「久米原香澄さんは、そのアハーラ拳法の道場のオーナーなのですよ」
と言うと、何か如何にも様になっている感じがした。見ようによっては洒落た感じに作ってあるローブが拳法の
達人の道着に思えなくも無いからである。
「ええっ! そうだったんですか! 全然気が付きませんでした……」
やや大きな声で言って、暫し沈黙したのは、赤根沢芳樹だった。テレビ局の人間なのに、有名な女性タレント
の重要な情報を素人に教えられる事は彼にとっては恥だったのだ。特に彼のお気に入りの久米原香澄につい
て知らなかった事は大いにショックだった。
「私も知りませんでした。でも本当なんですか? 全然日本では知られていませんが……」
アザミは半信半疑だった。彼女もファンという訳ではないが、大抵の若い男女のタレントの情報は抑えている
積りだったので、かなり驚いたのだった。
「お疑いだったら調べてみれば宜しい。ただ普通に調べても、例えばインターネットで調べても日本には発信し
ていませんからね。久米原香澄の名前は使って無いし、そう簡単には分かりません。
幸い向こうにもSH教の支部がありましてね、私の熱烈なファンが知らせてくれたのですよ。私が香澄さんの
ファンだった事を知っている信者の人がね」
「ははあ、なるほどねえ。その熱烈なファンと言うのは男の人ですか?」
格闘技に興味があるのだろう、栄太郎が後ろを向いて話し掛けて来た。
「はははは、まあ、その、女の人ですよ。日本から出張している平島綾香(ひらしまあやか)さんです。一応向
こうの支部の幹部ですから、和寿君だって知っているでしょう?」
「はい、それは勿論知っていますが、先生とそういう関係にあるとは……」
「はははは、おいおい、誤解を招く言い方は謹んで下さいよ。彼女とは悲しい位何の関係もありませんからね。
私のファンだというただそれだけの事ですから」
ソードは否定したが、他の五人は怪しんだ。
「それでそのアハーラ拳法というのは、どういうものなのですか? 拳法と言うからには打撃系なんですよね?
関節技もやるのですか?」
栄太郎は少し専門的な言い方になって来た。
「はい、拳法と銘打っていますが実際には総合系なんです。ですから勿論関節技なんかもありますよ。その道
場でのみ販売されている、DVDを買い求めて貰って、こっそり練習していたのですが、思い掛けなくも役に立っ
たという訳です」
それは半分は本当の事だった。何とかして金森田を倒そうと、実際にアハーラ拳法を練習はしていたのであ
る。ただそれが役に立ったと言うのは嘘だった。これといった指導者もいないのに簡単に身に付くほど格闘技
は甘くは無い。
「これは驚きましたね。水泳にも凄い才能があるばかりではなく、今度は拳法ですか。いやはや驚きました!」
芳樹は本気でソードを尊敬し始めていた。
「私も驚きましたわ。ま、まさか本当に神様なんじゃないでしょうね?」
アザミは既に惚れていたが、そこに激しい尊敬の念まで加わった。
「はははは、いやその誉め過ぎですよ。関節技に関して言えば、たまたま偶然だっただけですよ。参りましたね、
しかし……」
ソードはなにやら雲行きがおかしな方向に向かっていると感じて、ここは得意の眠りに逃げることにした。
「ふぁーあ、それはそうと少し眠くなりました。東京に着いたら起して下さいね。ああ、その、夕食は要りませんか
ら」
そう言うが早いか、あっと言う間に少しリクライニングシートを倒しただけで眠ってしまったのだった。
「ソード・月岡大先生の得意技の一つ、超高速深眠り。これは確かアニメの『のぼっ太君』も得意でしたよね。
先生の付き人をしてもう何か月にもなるのですが、これだけは何だか人間らしさを感じると言うか、とても親し
みを感じるんですよね。でも夕食を一緒に列車の中で食べることを楽しみにしていたのに残念ですね」
列車内の売店で買って来る駅弁を、皆で食べる事を楽しみにしていた和寿は残念がった。しかしソードにとっ
てはそれが苦痛でもあったのだ。
『出来るだけ皆と一緒に食事は取りたくない。一応食べる振りは上手に出来るけど、本当に美味しい訳じゃな
いからな。全てはコンピューター制御で自動的に食べ物が噛み砕かれて、美味しそうに飲み込むだけ。
全く何の味もしないし、ただ喉の部分の中を物体が通り過ぎて行くことが分かるだけだからな。虚し過ぎて話
しにならない! はははは、セックスも駄目だが味も分からないなんて、人間の三大欲求のうちの二つ、性欲
と食欲とが全く満たされないのだから、やっていられないよな。せめて競争欲だけでも満足しないと!』
急速に寝入り様、瞬間的にそんな事を感じながら、何時か本当に眠っていた。余りに悲しくて薄っすらと涙ぐ
んでいたことに誰も気付かなかった。
「先生、ソード先生、東京駅に着きましたよ」
和寿に起されて、
「ふぁ〜あ、良く寝た。ところで今夜の宿は何処だっけ?」
ソードは如何にものんびり聞いた。
「アイススケート場に隣接する、ウルトラスカイホテルをご用意致しました。スイートルームですのでお弟子さん
達も一緒に泊られても宜しいですわよ。あのう、本当に、午前零時から練習されるんですか?」
アザミは半信半疑で言った。
「えっと、その積りだけど、スケート場はやっているのかな?」
「はい、その積りで、話は通してあります。本来なら午後十一時で終了なのですが特別に三日間だけやって貰
う事になりました。それじゃあ、午前零時練習開始で宜しいんですね?」
「はい、結構ですよ。皆さんは眠っていても良いですよ、練習するのは私一人なのですから」
「そうは行きませんよ! 私達にも是非参加させて下さい!」
付き人達もテレビ局の二人も張り切って言ったのだった。
新幹線を降りた六人はやはり二台のタクシーに分乗して、ウルトラスカイホテルに向かった。到着したのは午
後八時頃。
SH教の四人はスイートルームで仮眠を取った。テレビ局の二人は部屋を取っていないのでロビーで仮眠を
取って午後十一時半過ぎ、ロビーで全員集合して、直ぐ隣にある、スケート場に向かった。勿論ケータイなどで
連絡は入れてある。
「今晩は! 宜しくお願いします!」
「ああ、今晩は! 何というかご苦労様ですね、テレビの仕事も大変だ」
スケート場の関係者と挨拶を交わしてから、早速ソードは練習に入った。
「先生、私と競争致しませんか?」
助乃川栄太郎は格闘技も得意だがアイススケートもかなり得意の様である。
『まさか先生を拳で殴る訳には行かないけど、スケートの競争で力量が分かるだろう。本当にこの人は神様な
んだろうか?』
そんな思いで栄太郎は挑戦したのだった。
「はははは、まだかなり不慣れだからね。勝負にならないと思うけどね。でも、取り敢えずやってみようか?」
ソードが了承したので、栄太郎もスピードスケート用のコスチュームに着替えて競争する事にした。スケート
場にはちゃんと、スピードスケート用とフィギュアスケート用の貸衣装も揃っている。
十五分ほどして二人は一周四百メートルのコースに立って合図を待った。ここを二十五周するのである。
「パンッ!」
競泳の場合と違ってピストルの電子音でスタートの合図がなされて、二人は一斉に走り出した。直ぐ差が付
いた。ソードはゆっくりと走り出し、栄太郎はかなり本格的なスピードスケートの走り出しを心得てた。
「先生、頑張ってーーーーっ!」
アザミを始めとして皆は必死でソードを応援した。しかしその差は開くばかりだった。結局、ソードは十周位も
遅れてゴールした。
「はははは、助乃川君は凄いね。二十五分位でゴールなのか。私は三十五分以上掛っている。しかし大分こつ
が飲み込めて来たよ。暫く休んだら、もう一度お願いしよう」
ソードの記録は散々だったが、余り疲れた様子が無い事に皆は驚いていた。ただゆっくり滑っていたから、
さもありなん、とも思えた。
「ところで一万メートルの記録はどの位なのかな? 一応相手は女子だから、女子の記録が知りたいね」
「はい、確か二十分少々だったと思いますけど。ただオリンピック競技や通常の世界記録は無いみたいです。
現在女子の一万メートルは世界の公式競技では行われていませんから」
それはアザミが答えた。調べてある様である。
「ああ、そうなんだ。だったら二十分を切れば良い訳ですね」
ソードは造作も無く言った。
「確かにそうですが、今のままでは相当に難しいようです。先ずフォームが出来ていません」
栄太郎は俄かコーチになって指導を始めたのだった。