夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                               74


 ソードは一旦は本当に頭脳に疲労感があって、直ぐ眠ったのだが、他の連中がまだ起きている様なので、
何と無く自分も起きだしていた。スイートルームの中には、幾つかの部屋があって、その中の一番奥まった部
屋にいた。
 初期の頃には、輸血なども頻繁にする必要があったが、今では一月に一度位で済むようになった。血液浄
化装置や、新しい血液を作り出す人工骨髄まであったのである。

 ただ絶対に見られたくない作業もある。体内に埋め込まれたバッテリーに充電する必要性があるのだが、通
常は専用の装置を胸にあてがうだけで良い。
 しかしその真っ最中の姿は、まるで自分がロボットの様に感じられて、極めて不快だった。今日の様に、激し
く動いた後は、充電に数時間は掛る。
 その間は眠っても軽く接着しているので、よほど動かない限りは大丈夫である。彼がスケート場からさっさと
ホテルに戻って来たのは、充電の必要性があったからでもあった。
『この充電作業は一生続くのか……』
 作業は面倒ではないのだが、憂鬱な時間だった。

「それで今日の状況なのだが、……」
 充電しながら、声が外に洩れない様に、小声で自分の係りの研究員達に現在の状況をケータイで連絡した。
スケートでかなりの距離滑ったことや食事の事等細かく報告した。
「しかしもう少し瞬発力が欲しいんだけどねえ、何とかならないか?」
 等と注文も付ける。

「新しい人工筋肉が現在完成しかかっています。年内には何とかなると思いますけどね」
 ソードにとっては願っても無いことだった。
「分かった。それじゃあ宜しく頼むよ」
 朗報を聞いて安心して時間まで眠っていたが、途中で夕方に一度起された。

「ソード様、あのう、お食事の方はどう致しましょう?」
 ソードは昼食も夕食も取っていない。心配した和寿がドアの向こうから声を掛けて来たのである。
「部屋の冷蔵庫の中の物を食べたから、それで十分だよ。悪いが兎に角眠らせてくれ」
「わ、分かりました。それでは十一時二十分までに廊下の方へおいで下さい。もし休まれている場合に
は、一応起しますので、宜しくお願いします」
 和寿は何かと心配そうに言った。スピードスケートの滑り過ぎで、体調を崩しているかも知れないと思った様
である。

「皆、お早う!」
 ソードが誰より元気に部屋を出て来た。充電が十分に完了していたので、体力がみなぎっていたのである。
「あ、お、お早う御座います」
 それに反して元気が無いのは栄太郎だった。
「どうした、栄太郎君」
「はい、その、筋肉痛が酷くて、今日は滑れそうもありません」
 いつも強気な感じの栄太郎が、なんとも弱々しかった。

「それにしても、ソード先生はお元気ですね。何というか、超人的なパワーですね」
 宗徳は畏敬の念さえ感じながら言った。
「はははは、鉄人レースで優勝するだけのパワーがあるんですからね。あの位の運動はどうって事無いですよ。
栄太郎君はじゃあ、見ていてくれるだけで良いですよ。無理はしない方が良い」
 ソードは栄太郎の身を案じて言った。

「す、済みません。格闘技だったらこんな事にはならないのですが、昔とった杵柄(きねづか)と思っても、スケー
トは十年振り位なので、使う筋肉が全然違うからでしょうね、あ、痛た、た、た、た、た、た!」
 何かに付けて痛がる栄太郎と一緒に一行はスケート場に着いた。

「さて今日は栄太郎君が筋肉痛だそうだから、俺が一人で滑るよ」
 ソードは気軽に言ったが、
「あの、だったら私が滑りますから。私にハンディを下さい。それで芳樹君、番組的には何とか様になるんじゃな
いかしら? 全然絵にならなかったら、カットすれば良いわ」
 アザミは誰も予想しなかった事を言い出した。

「しかし、スピードスケートは無理でしょう?」
 和寿がきょとんとした顔で言った。
「こんな事もあろうかと、昨日の午後ずっと練習していたんです、家にも帰らずにね」
「えええっ! そうだったんだ。こりゃビックリだな。用事があるってこれの事だったんだ! ははーん、そうか」
 芳樹はアザミの思い入れが、誰の為なのか、少しずつ分かり掛けて来ていた。

「それじゃあそういう事で行きましょうか。しかしハンディと言っても、どの位が妥当かな」
「私に十周下さい。スタートは同時にして、私を十周抜く事が課題ということでどうですか?」
「はははは、相当のハンディだね。……じゃあ、それで行こうか。ええと、それじゃあ着替えて来ますから」
「あの、私も行きます」
 アザミは途中までソードと並んで着替え室に向かって行った。何とも嬉しそうなので、アザミの思いは皆にも
薄っすらと分かって来たのだった。

 ソードとアザミとはスピードスケート用のコスチュームで、簡単な準備運動をしてからではあるが、スタートライ
ンに並んだ。
「パンッ!」
 一斉にスタート。ソードはこれから二十五周、一万メートル。アザミは十五周、六千メートルを滑る。ソードは
如何にも慣れた感じで滑り出した。
 皆を驚かせたのは、アザミの滑りの軽快さである。元々フィギュアスケートが得意だったが、それでも、たった
一日でここまで様になると、驚異的と言うべきだろう。

 しかしソードの滑りは更に皆を驚かせた。決して遅くは無いアザミをいとも容易く追い抜いて行く。十周のハン
ディは相当にきついと思われたが、ソードの記録は二十二分ほどだった。正に驚異的な進歩である。
 アザミは前半こそ素晴しいタイムだったが、後半少し崩れて、ソードから三十秒以上は遅れてしまった。むしろ
十一周のハンディ位で丁度良かったのかも知れなかった。ソードには尚余裕が感じられたからである。

「ううううっ! 済みません生意気なことを言って。口ほどにも無い女だとお思いでしょう?」
 驚いた事に、アザミは負けた悔しさからか、自分の不甲斐無さからか、泣き出してしまったのだった。
「いや、そんな事は無いですよ。よく頑張りましたよ、アザミさんは」
 ソードは本心で言った。

「あの、私は着替えて来ます。ソード先生の足手纏いでしかなかったですね……」
 ソードの慰めの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、アザミはかなり落ち込んで足早にその場を去って
行った。

「さて、もう一休みしてから、もう一本滑ってみましょう。競争相手がいないのではちょっとアレですが、まあ、格
好よく言えば、自分との戦いってやつですね」
「本当に格好良いです。ソード先生頑張れ! 芳樹君しっかり映しておきなさいよ」
 何時の間に戻っていたのか、アザミは私服でそこに立っていた。

「ああ、勿論さ。だけどアザミさんももう一度滑れば? 今度は十一周のハンディでさ」
 芳樹は慰めの意味も込めて言った。
「私は才能が無いのよ。十周のハンディは本当は楽勝のペースだと思っていたのよ。ソード先生に頑張って貰
う為に、敢えて厳しいハンディを付けた積りだったのに、あべこべに私が頑張らなくっちゃ駄目だった。
 私にだってプライドがあるのよ。これ以上のハンディは私にとっては屈辱でしかないわ。だからこれが限界な
のよ。分かるでしょう?」
 アザミは芳樹に言ったが、チラッとソードの方を見た。ソードがどんな顔をするのか、気になって仕方が無かっ
たのだ。

『ふうん、アザミさん、ひょっとして俺が好きなのか? まあ、特に好みのタイプという訳じゃないから良いけど、
でも過激に迫られたら、危ないことになるかも知れない』
 ソードは無視を決め込んで、柔軟体操などをして時を稼いだ。特に関心がある訳ではないが、魅力がゼロと
いう訳でもない。彼女の魅力に目覚めでもしたら、後が怖いと思ったのである。

「さーて、そろそろ二本目行きますか。さっきよりもうワンテンポ早くしますから、目標タイムは二十分ジャストで
す。じゃあ、皆応援頼みますよ!」
「位置について、用意、パンッ!」
 ソードの一万メートル一人旅が始まった。この時まだソードは気が付いていなかった。同じ様にサイボーグに
なったとしても、他の人だったら、これほどの記録は出せないのだということを。

 ソードの元の昇の時の身長は、百七十センチに満たなかったが今は少し越えている。昇は様々な病気に悩
まされていたが、今は殆ど解放されている。
 それらの改良が昇の本来持っていた才能を開花させていたのだ。スポーツマンとして彼は元々優れた資質を
持っていたのである。
 それが意外にも、サイボーグになる事によって十分に才能を発揮出来たのだった。その事に気が付いてい
たのはごく一部の研究員だけだった。

『ソード大先生は正に神のごとくの力を持っておられる。いいや、彼こそが神の化身だ! 神のマシンは彼にこ
そ相応しい!』
 何人かの研究員達はその様に考え始めていたのだった。

「ソード先生頑張れ!」
「後一周! 今のペースなら二十分切れますよ!」
 快調に飛ばすソードを皆が激励した。
「やった! 二十分切りましたよ! 十九分五十八秒です! ヤッターーーッ!!」
 ソードの好記録に皆大騒ぎである。

「ふう、流石に疲れました。悪いんだけど、朝のお祈りをしなければなりません。九時にここに来れば良いんで
したよね。申し訳ないがちょっと疲れもしたので、休ませて下さい。その失礼します。
 ああ、和寿、栄太郎、宗徳、君達はアザミさんや芳樹君と朝食を一緒に取ってくれたまえ。私はお腹が空いた
ら、冷蔵庫の物とかを適当に食べておくから。それじゃあ失礼します」
 疲れは本当だったが、一緒に朝食を取ることが苦痛だったので避けたのである。
『ひょっとすると、今回こそはボロが出るかも知れない!』
 そう感じていたのだった。

          前 へ     次 へ        目 次 へ        ホーム へ