夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 朝九時になると、予定の顔ぶれが揃ったが、来ない筈の顔もあった。指導教官の青石譲二である。
「約束が違うじゃない、芳樹君!」
 アザミはなじった。
「そ、その、断り難くてね」
 芳樹は辛そうである。

「何をごちゃごちゃ言ってる。さあて、今日は実践的な練習をしようじゃないか。少しは出来る様になっただろう
から、ハンディは二十秒でどうだ? ちょいと無理か? だったら四十秒のハンディをやる。一緒に滑って、ゴー
ルの時点で、四十秒以上俺に引き離されたら、今日の練習はそれで終りだ。四十秒未満だったら、一休みして
からもう一度やる。二度目は当然二十秒のハンディだな。そんな所でどうだ?」
 譲二はニヤニヤ笑いながら言った。昨日の滑りから考えたら、有り得ない位厳しいハンディである。

「あのう、……もし私が勝ったらどうします? 指導は不必要ですよね?」
 ソードは芳樹の辛そうな顔を見てそう言った。
「あんっ? 俺に勝つだってえ! ま、まさか、俺が本気を出すとか思ってないだろうな。昨日のアレだって、随
分力を抜いていたんだぜ。
 ……いいだろう、そこまで言うんだったら受けてたつ。多少は手加減してやろうかと思ったけど、手加減抜きで
良いんだな?」
 譲二は相変わらずニヤニヤしながら言った。どう見てもチンピラ風だった。

「正々堂々とやって下さいよ。テレビカメラが回っていますからね」
 ソードは念を押した。
『こういう不良がかった連中は苦し紛れに何でもやるからな。注意しないとね、転んだりしないようにね』
「何、馬鹿な事を言っているんだ。そう言うことは勝ってから言え!」
 譲二は相当にムカついて叫んだ。

 準備運動もそこそこに、二人はスピードスケート用のコスチュームに着替えた。早くもスタートラインに並んで
立った。
 譲二はギロリとソードを横目で睨んだ。ソードのスタートライン上での立ち方は、昨日とは別人の様にそれらし
いスタイルになっていた。

「位置について、……用意、……パンッ!」
 選手をスタートさせたのは、スケート場の係員である。モニターテレビを見ながら、フライング等が無い様に
きっちり見ながらやった。会場の雰囲気が険しい事を察しての事だった。

 二人は出だしは大差なく滑って行った。しかしスタートして間も無く、譲二はソードをぐんぐん引き離して行った。
しかしソードは慌てなかった。
『明らかにオーバーペースだ。そのうちバテるぞ!』
 そう確信しながらマイペースで滑って行った。

「ソード先生頑張れ!」
「頑張って!」
 ソードに対する応援ばかりだった。十五周目辺りでソードは二周近く引き離されていた。
『これ以上引き離されたのでは、もう負けは目に見えている!』
 皆がそう思ったのだが、十六週目辺りで異変が起きた。譲二のスピードがガクンと落ちたのである。二十周
目辺りでとうとう、ソードが抜き返した。まだ後一周分あるが、更に差はどんどん詰まって行く。

「もう少しで追い抜ける! 頑張れソード先生!」
「もう少し、もう少し、もう少し!」
 相変わらずソードに対する応援ばかりで譲二に対する応援は一つも無かった。

「後一周よ、もう抜けるわよ!!」
 アザミの声は一際大きい。実際ソードと譲二とはほぼ並んでいる。いよいよ最後のクロッシングゾーンに掛っ
た。ソードは外から内へである。優先権がある。しかし、譲二は譲らなかった。仕方無しにソードが待った。そう
しなければぶつかりそうだったのだ。

「卑怯者!!」
 アザミの罵声が飛ぶ。
「恥を知れ!!」
 ソードの付き人達も一斉に譲二を罵った。しかしその必要も無い位その後のソードの滑りは素晴しかった。
それに反して譲二はコーナーでバランスを崩して転んでしまったのである。

「一着、ソード・月岡君、タイムは十八分二十三秒。好タイムでした。なお青石譲二君は進路妨害の為、失格で
す。コーチ失格です!」
 驚いた事に非常に手厳しく男の場内アナウンサーは言った。当然ながらスピードスケートのルールも良く知っ
ているようである。

「畜生! 皆して寄ってたかって馬鹿にしやがって! コーチ失格だってえ? ああ、辞めてやるよこんなも
の!!」
 譲二は如何にも不良(?)らしく、その場で、コスチュームやスケート靴を乱暴に脱ぎ捨てると、下着姿で悪態
をつきながら、去って行った。

「ふう、今の、カメラさん、撮ってた? 前代未聞の映像だわね。それにしてもアナウンサーの人もなかなかや
るじゃない!」
 アザミはなんとも満足そうだった。
「はあ、はあ、はあ、……何だか妙な事になりましたね。まあ、こんな事を言っちゃアレなんだけど、青石さんが
進路妨害して来る事は読めてましたよ。
 あんな所でぶつかって怪我をしても詰まりませんから、大人しく待っていましたけどね。勝自信もありましたし
ね」
 ソードは会心の滑りに、口も軽かった。

「それにしても、素晴しい記録ですね。何と言うのか、自分でやった事ではないんですけど、何だか夢を見てい
るみたいです」
 芳樹は相当に感激している様だった。自分が青石を断り切れなくて、困っていた所を助けられた気もしていた
のである。

「ええと、これで終りにしますか? このままでも黄味麻呂さんに十分勝てると思いますけど」
 アザミは余裕綽々で言った。
「そうですねえ、スポーツマンシップで行きましょう。こっちのタイムを知らせて下さい。逆ハンディにも応じるし、
選手を変えても言いと言って下さい。それで一休みした後でもう一度記録に挑戦です」
 ソードは相当強気に聞こえる発言をした。

「こうなって来ると、黄味麻呂さんには申し訳無いんだけど、彼女では役不足ですよね。逆ハンディにしましょう
か? これも前代未聞ですけどね」
 芳樹は今度はソードの記録が良過ぎて困ったのだった。

「いっその事、男子にしたら? ああ、でも今からじゃあ間に合わないわね」
 アザミはちょっとがっかりだった。しかしその時、思い掛けない報告があった。芳樹にケータイで電話があり、
黄味麻呂の記録更新を伝えて来たのである。

「ちょっと面白い事になってきましたよ。黄味麻呂さん、更に記録を伸ばして十八分台前半の記録を出したと
言って来ました。これ結構行けますよ。殆ど同じタイムじゃないですか?」
 芳樹は興奮気味に言った。
「こっちの記録は伝えたわよね?」
 アザミも次第に興奮状態になりつつある。
「いやその、二十分切ったと言っておいたけど」
「良いわよそれで。明後日の決戦が楽しみだわ!」
 テレビ局の二人とカメラマンとは大いに盛り上がっていた。

「さあて、そろそろ、今日のメインイベントで行きましょうか。一人だけで滑るのもちょっと辛いものがありますが、
自己新記録を目指して滑ってみましょう。じゃあ、場内アナウンサーの方、お願いします」
 ソードは暫く休養をとったり雑談したり柔軟運動をしたりして一時間ほどを過ごすと、再びスタートラインに立っ
た。
「……用意、パンッ!」
 ソードの飛び出しはさっきより更に良い。すっかりスピードスケートの選手らしい滑りになっていた。誰の目に
も、さっきより格段に良くなっている事が分かる。

「一着、ソード・月岡選手。タイムは、十七分五十九秒です。素晴しいタイムが出ました。皆さん盛大な拍手をお
願いします!」
 アナウンサーはまたしても粋な計らいをした。
「パチ、パチ、パチ、パチ、……」
 勿論アナウンサーに言われなくとも、拍手喝采だったが、
「何だか、馬鹿にソードさんの肩を持つアナウンサーね。ちょっと、変かな?」
 アザミは疑問を感じていた。

「ああ、申し訳御座いません。私、ソード・月岡さんのファンで、雪岩徹(ゆきいわとおる)と申します。以後宜し
くお願いします」
 場内アナウンサーはマイクを使って、自分がソードのファンである事をアッピールした。

「いやあ、参りましたね。まあその、有難う御座います。例によって疲れましたので休ませて貰いますよ。じゃあ、
皆さんまた明日の午前零時少し前にお会い致しましょう」
 もういつもの感じになったが、ソードはさっさとその場を去った。十二時までの予定が一時間ほど早まったが、
この際は仕方が無いと、テレビ局の三人も考えていた。
 付き人達は少しの間スケート場にいて雑談をしてから、局の三人とは別れて自分達の部屋に来た。疲れてい
るらしいソードを気遣って、昼食や夕食はパンやパック飲料位で部屋に居て済ませる事にしたのである。

「でも明日は賑やかになるわね。例の久米原香澄さんが来るんでしょう?」
 アザミは芳樹とカメラマンの二人と一緒にレストランで昼食を取りながら話を始めた。
「ああ、何でも、拳法の達人と一緒に来るらしいよ。多分、アハーラ拳法とかの使い手だと思うんですけどね」
 芳樹は少し首を傾げた。ソードに聞いて名前だけは知っていたが、アハーラ拳法がどの様なものなのか、よく
知らなかったからである。

「それに明日は、司会者のコンポン君と女子アナのメグミさんも来るんですからね。同業のカメラマンももう一
人来るし、賑やかになりますよ」
 カメラマンの栗毛地海斗は張り切って言った。

「でも皆驚きますよ。ソードさんの記録はまだ伸びる様な気がしますからね。二十分切ったって言ってあるだけ
ですからね、十七分台に突入しているなんて事知ったら、どんな顔をするのか楽しみですよ!」
 芳樹も大張り切りだった。

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