夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                               76


 テレビ局関係者の三人が、レストランで大いに盛り上がっていた頃、ホテルに戻っていたソードの付き人達は
大変な出来事に遭遇していたのだった。

「悪いんだが、所用があるので、一旦教会に戻って、また来る事にするから。予定時間にはちゃんとスケート
場に着く様にするからね」
「そ、そんな、無謀です!」
 和寿は慌てふためいていた。

「兎に角急用なんだよ。今は事情を説明出来ない」
「な、納得出来ません。これでは付き人の意味がありません!」
 ケータイでやり取りをしているのだが、思いも掛けない事になっていた。てっきりホテルで休んで居ると思って
いたソードが、今新幹線の中にいたのである。

「いや、悪いが、今更引き返せないしね。もう新幹線は駅に着くからね。じゃあ、また後で」
 そこでケータイは切れてしまった。
「せ、先生!」
 和寿は青くなった。今まで一度も無かった事が起きたのだ。

「教会へ問い合わせた方が良くは無いか?」
 宗徳が言った。
「やってみる」
 和寿はかなり慌てて北地区本部教会へ問い合わせてみた。

「さあ、私共は何も聞いておりませんが。付き人である貴方方が知らないのだとすれば、私達には知る術はあ
りません」
 教会側からはこれと言った情報を聞きだすことは出来なかった。

「一体どうされたんだ。俺達にも言えない事情があるというのか、くうううっ!」
 和寿は歯軋(はぎし)りをして悔しがった。
「余程の事情がおありなのだろう。先生を信じて待とうじゃないか」
 栄太郎は比較的落ち着いていた。

『あの三人には悪いことをしたな。しかし、サイボーグに関する事は、彼等にさえ絶対の秘密なのだから仕方
が無い。明日は午前十時位に香澄さんが来る。
 今のままでは多分耐えられないだろうからね、一時的に情欲を抑える為に、特殊なホルモン注射などを打っ
て貰うなんて言える訳が無い。
 効力は十二時間ほどだそうだから、今処置して貰えば、暴発は防げるだろうよ。ああ、しかし普通は逆だろ
う。性欲減退に飲む薬とかある筈だけど、性欲を減退させる薬を注射するんだからな。
 それにまあ、普通に注射する訳じゃない。体のパーツを取り替えなきゃならないんだからね。まあ、ついでに
筋肉の繊維も一部取り替える事にしたから、更に記録も伸びて良いだろうけどね……』
 教会に戻ったソードは幹部専用の入り口から入って、かつて警察の取調べを受けた時も遂に発覚しなかっ
た地下研究所に行った。
 何時か警察の手入れがある事を予想して、金森田が全く別系統の地下研究所を作っておいた事が功を奏し
たのである。

「先生ご苦労様です。早速ですが直ぐ手術を始めますので」
「ああ、宜しく頼むよ。しかし付き人達には悪いことをしたな」
「それは仕方がありません。先生の情欲処理に関しては私共に大いに責任があります。研究は進んでおりま
すがまだ満足出来る状況にはありません。もう二、三年は掛ると思いますが、それまで何とかご辛抱下さい」
「はははは、それまで暴走などしなければ良いがね。まあ、いざとなったら今回の様な処置を頼む事になるけ
ど、今後とも宜しく頼むよ」
 ソードはやや力なく言った。脳内の男としての機能を下げるのだから、嬉しい筈も無かった。それは研究員
達も心を大いに痛めている点であった。しかし現状としてはそれしかないのである。

 ソードの種々の部品交換や今回の様な特殊ホルモン注射などは、全て手術という事にしていた。
「今回の手術に掛る時間は?」
「注射の方は余りかかりませんが、痛めた筋肉の復活手術には調整時間も含めて四、五時間掛ります。最終
の新幹線には十分間に合うと思いますが、駄目なら高速道路を突っ走る手もありますから何とかなりますよ。
 ここからだと、高速道路のゲートが近いですから、駅に行くまでの時間と降りてからスケート場へ行く時間とを
考え合わせれば、新幹線に乗って行くのと大差ないですからね」
 その様な話になる。痛めた筋肉の復活手術というのは、本当は人工筋肉それ自体の交換を意味しているの
である。

 予定通り、帰りも新幹線に乗る事が出来た。帰りの新幹線の到着時刻は勿論付き人達に知らせてある。午
後十一時頃東京駅に着いたが、予想通り付き人達の態度は相当に厳しかった。
「せ、先生! 水臭いですよ。体調回復の為の軽い手術が行われたと聞きました。どうして言ってくれないんで
すか!」
 取り分け和寿の言葉は厳しい。

「はははは、何というか、言いそびれてね。こんな時に体調が悪いだなんて縁起でも無いしね。まあ、この次か
らはなるべく言う様にするよ」
 切羽詰ってソードは言い訳をした。その場はそれで治まったが、後味の悪いものになった事は否めなかった。
『先生には何か重大な秘密があるのではないか?』
 その様な疑念を三人に抱かせた事は事実である。

 午前零時少し前に、丁度ソード一行は間に合った。必ずしも良い雰囲気ではない事に、テレビ局の三人は不
思議な印象を持った。
「ど、どうかされたんですか?」
 アザミが真っ先に聞いた。
「はははは、ちょっとトラブルがあってね。まあ、私の我儘だったのだけれどね。少し体調が悪かったので、本
部教会へ行って、軽い手術というか、ちょっとした治療を受けて来たんだよ。この三人に黙ってね」
「ええっ、体調が悪かったんですか?」
 アザミは驚いて言った。
「それを言うと皆心配すると思ってね、言わずにこっそり行こうと思っていたんだけど、ばれちゃってね。大目玉
を食らって居た所なんですよ」
 ソードはさらりと言ったが、芳樹は驚いた。

「えっ、本部教会って、新幹線で戻ったんですか、数時間かけて?」
「ま、まあ、そうなんだ。私の専属の医者じゃないと、治せないというか、ちょっと特殊な治療法があってね。東
京でやれれば良いのだけど、詳しい病状を聞かないと無理だと思うからね」
 ソードは苦しい言い訳をした。

「それでまた戻って来られたんですか?」
 今度はカメラマンの海斗がビックリして言った。
「まあ、そういう事になるね。私の付き人の諸君には申し訳ないのだけど、この様なこと位でぞろぞろ四人一緒
に行動していたのでは経費の無駄遣いだと思ったんだよ。それだけは理解して貰いたい」
 ソードは上手い言い訳を思い付いたと思った。

「しかし、それでは付き人の意味が御座いません。経費の無駄遣いだと言うのなら、せめて僕だけでも連れて
行って下さい」
 和寿は食い下がった。
「いや、それだったら私が、私がお供します。失礼ながら腕力が必要な事もあるでしょうから、その様な時には
私が役に立ちましょう」
 栄太郎がすかさず言った。

「いやいや、私が適任で御座いましょう。腕力も比較的御座いますし、失礼ながら知力ではお二人に勝ると思
いますので!」
 宗徳も負けずに言った。
「つまりそういう事になるから困るのですよ。我が、我がですからね、お分かりでしょう?」
 またまたソードにとって都合の良い展開になった。

「ふふふふ、そうですわねえ、ソード先生のご苦労が分かった気が致します。まあまあ機嫌を直して下さいな。
今日はこれからゲストの香澄さんを始めとして、沢山の方々が来られますから。早い人で午前九時位ですけ
ど、とても賑やかになりますわよ」
 アザミは楽しそうに言った。

「今日は栄太郎君、滑れるかな?」
 ソードが言うと、
「勿論で御座います。元気一杯ですので、何とか先生に勝ちたいと思っております!」
 栄太郎は張り切って言った。

「それじゃあ、軽く準備運動などしてから、着替えて、一滑りしましょうか?」
「はい!」
 栄太郎は元気良く答えた。
「しかし先生、体調の方は宜しいのですか? 特別な治療を受けたと聞きましたが……」
 和寿は心配して言った。

「とても説明が難しいから言わなかったんだけど、体調が悪いとは言っても、日常生活に差し障りがある訳じゃ
ないんでね。
 まあしいて言うなら肩こりみたいなもので、注射を打ったりマッサージをしたり、特に筋肉を揉み解すというか、
そんな感じなんですよ。針の様な物を刺したりするので軽い手術と言っています。
 それが上手に出来る人は教会にしか居ないものでね。ほって置いても命に関わる訳じゃないのですが、ス
ピードスケート等の記録が段々落ちて来ると思いますよ。筋肉が固くなる病気なんでね」
 ソードは更に上手い言い訳をした。

「ああ、そうなんですか。成る程、確かに説明は難しいですね。でも、今は万全な訳ですね?」
 芳樹は納得した感じで言った。
「はい。それじゃあ着替えて来ますから。栄太郎君、行きましょう」
「はい、今日は何だか私も良い記録が出そうな気がします」
 二人は張り切って着替え室に向かった。

「さあ、何時でも良いですよ。一応言って置きますが、後でもう一度滑りますからね。最初は準備運動がてら、
軽めに。二度目は本番という事で、記録に挑戦したいですね」
 ソードの言葉に栄太郎も、
「そうですね、じゃあ、一度目は肩慣らしですね。でも、出せたら記録も出しますよ、自己記録をね」
 と、やる気満々だった。

「位置について、……用意、……パンッ!」
 ソードのファンだという雪岩徹のアナウンスと号砲で、二人は一斉に飛び出した。
「オオオーーーーッ!!」
 皆がたまげたのはソードの飛び出しのスピードである。昨日より更に速く、オリンピック選手の様な印象を受
けたのだった。

 つい二日前には栄太郎に遠く及ばなかったソードが、今日はぐんぐん引き離している。栄太郎も彼としては素
晴しいスピードであったのだが、ソードがその遥かに上を行っていたのだった。

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