夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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その日の行事も終って、ソード一行はホテルの部屋に戻ったが、ただ一回だけを除けば、相変わらずソード
は誰とも一緒に食事をしなかった。
『不自然さがばれるかも知れない。もう少し舌を上手く動かせるとか、味が分かるようにならないのかな……』
そんなふうに感じていた。うっかりして普通の人間であるならば、絶対に有り得ない食事の仕方をしてしまっ
たらどうしようかと、それが心配で踏み切れないのだ。
「ああ、まだテストをしなければならないのか!」
その夜ソードは夢を見ていた。夢の世界では彼は何時も林谷昇のままだった。
「あれっ! 何だ、こんなに簡単だったんだ。楽勝、楽勝!」
何時も同じパターンなのに、絶対に別のパターンに出来ないのだ。分かっているのに、どうする事も出来な
かった。
「えええっ! 何だこれは! 答えが無い! 裏にも、何処にも書いてない! ああああっ!」
絶望的なテストの夢は未だに続いていた。恐らくこれからもずっと続いて行くのだろう。
「えへへへ、エッチしよう!」
夢は何時の間にか切り替わって、昇は夢の中の美少女と簡単に交わる事が出来た。
「えっ、あれっ! おちんちんは何処へ行った!」
ある筈の物が股間には無かったのだ。目の前の少女は何時の間にか、不気味な生き物だか何だか分から
ない丁度人間位の塊に変貌していた。
それは恐らく今のソードが感じている自分自身だろう。気味が悪く、汚らしい生き物だった。良く見るとその殆
どは、朽ち掛けた金属製なのである。
「グアアアアオオオーーーーッ!!」
その不気味な奇妙なものは、異様な叫び声を上げて、昇を大きな口を開けて飲み込んでしまったのだった。
全身に痛みを感じ、
「うああああーーーーっ!!」
絶叫して目が覚める。幸い絶叫も夢の中の出来事らしくて、付き人達が飛んで来たりしてはいなかった。
『はーーーっ! 夢か。何時も似た様な夢を見る。テストの夢なんかもう何千回も見ている。いい加減卒業して
も良いのにトラウマみたいになって卒業出来ないんだな。
それと怪物に襲われる夢も必ず見るよな。あれは多分小姫にやられた時の事が、やっぱりトラウマみたいに
なっているんだ。もうあれから随分経っているのに、相変わらずどうしても抜け出せないんだな……』
決戦の前、ソードは早々と休んでいた。機械の体に肉体的な疲労感は全くないのだが、精神的な疲労は脳
に来る。脳を休める為には、やっぱり睡眠が一番良い様である。
スピードスケートの決戦は夕方に行われることになっている。ソードは随分眠ったのだが、それでもお昼少し
前にはすっかり目が覚めてしまった。
「ソード先生、お目覚めですか?」
付き人の一人、若川原和寿が声をドア越しに掛けて来た。
「ああ、さっきから起きているよ。予定は午後五時だったね。テレビの収録は一時間位で、午後六時までには
終る予定だよね?」
ソードは確認の為に聞いてみた。
「はい、それでその、昼食をご一緒しようかと思いまして……」
ソードが滅多に一緒に食事をしない事が分かっているので、和寿は恐る恐る聞いた。
「うーん、さっき、かなり本格的に食べちゃったからね、でもコーヒー位だったら付き合うよ。それでも良いか?」
流石にそういつも何時もでは拙いと思ったので、飲み物で誤魔化すことにした。
「はい、それで別に構いません。いつもの、ゼロ&ゼロに行きましょう。あの、それとも何処か別の所が宜しいで
しょうか?」
「ああ、そうだね、今日は私の奢りという事で、確かここには最上階にウルトラスカイレストランとかいうのがあっ
たよね。本当なら夜景を見ながらのデナーと洒落込むところだろうが、はははは、予算的に厳しいから、お昼の
軽食で我慢して貰いたいんだけどね。良いかな?」
ソードは付き人達の労をねぎらう積りで言った。
「せ、先生が奢られるんですか?」
「そ、その積りだけど、何か拙いことがあったかな?」
「いえ、その、珍しい事もあるものだと……」
「おいおい、私だってたまには奢る事もあるさ。それとも嫌なのか?」
「いいえ、とんでも御座いません。それでは服装の方も少しピリッとしないといけませんね。といっても着替えは
ありませんから、気持ちだけでもピリッとさせて行きましょう、ヒャッホーッ!」
和寿は大喜びで、他の二人にも伝えに行った様である。
ソードは一応正装ということで、何時もの装飾の多いローブを着た。
『はははは、歩く広告塔というところだな』
自分の姿を鏡に映してみてそう思った。
『顔立ちは以前の俺より数段ハンサムになったな。まあ作り物だから何とでもなるけどね。……しかし女に持て
た所で、何にもならないけどね。何しろ何も出来ないのだからな』
ソードは不愉快な感情を心の奥に仕舞いこんで、付き人達と一緒にホテルの最上階へエレベーターで昇って
行った。
「ええっ! 貸切!」
ところが、レストランの前で愕然とした。多くのお客の前で、しきりにレストランの従業員らしい男が頭を下げて
いた。何処かのお偉いさんが急遽貸切にしてしまったらしいのだ。以前から分かっていたことなら諦めも付くが、
午前十一時位に急に決ったらしいのである。
「ここの食事を楽しみに来たんだぜ、冗談じゃないぜ全く!」
「何処の誰なんだ、貸切にした奴は! 文句を言ってやるから、名前を教えてくれよ!」
などと、口々に不満を言った。普段なら見える中の様子が、その時に限って、カーテンで覆っていて見えない
のである。
「あ〜あ、折角ソード大先生が奢って下さると言うのに、そういう時に限ってこれなんだからな」
和寿は如何にも悔しそうに言った。
「あのう、ソード様とお付の方々ですか?」
別の従業員がやって来て、ソード達に聞いた。
「はい、そうですが。何か?」
「済みませんがちょっとこちらへ来て頂けませんか? 是非お会いしたいと仰る方が御座いますので」
「ああ、そうですか、……じゃあ行きましょう」
ソードは事情が掴めなかったが、兎に角行ってみることにした。
「申し訳御座いませんが、こちらからお入り下さい。どうぞこちらです」
従業員が案内したのは、レストランの裏口、従業員の出入りする通用口だった。
「ちょっと失礼なんじゃないの? ここは一般の人が入る所じゃないでしょう?」
ムッとして大山田宗徳は言った。
「申し訳御座いません。表の方からだと、他のお客様の手前もありますので、本当に済みませんが、何とかご
容赦下さい」
その従業員もひたすら低姿勢で頭を下げ続けた。
「ああ、いやいや、そちらの方にも事情があおりの様ですから。寛容な精神も必要ですよ、宗徳君」
ソードは軽くたしなめた。
「あ、はい、も、申し訳御座いません。先ほどはきつい事を言って、どうも済みませんでした」
宗徳は急に態度を変えて、従業員に謝った。
「いいえ、その様な事は。……では、どうぞこちらですので」
従業員はほっとした様子で、ソード一行を案内した。一行は厨房の中を歩いて行く羽目になった。正に調理
の真っ最中である。
ただ昼食は軽食が中心で、作っていたのはスパゲッティやマカロニグラタンなどであった。ここでは本格的な
料理は夕食に限られている様だった。
「ソード・月岡さん、お待ちしておりましたわ。わあ、賭けに勝ちましたわよ、ハヤブサ!」
やたらはしゃいでいたのは、カスミだった。同じテーブルにはハヤブサ一人だけがいた。やや離れたテーブル
に、彼女の付き人や殆ど専属になっているカメラマンやマネージャーなどが座っていた。
「あのう、済みませんが、ここのテーブルにはソードさんだけが座って頂けないかしら。お付の方々は、家のマ
ネージャーと一緒の席で我慢して下さらない? その代わり私が奢りますから、それでどうでしょうか?」
昨日のカスミとは別人の様な態度だった。服装も彼女らしい大胆さは残しているものの、かなりシックな感じ
のものである。
『これが普段の彼女なんだな』
ソード一行は共通にそう感じた。
「それと、ハヤブサも遠慮して」
「はい。それでは私も向こうの席に。ちょっと人数が多過ぎますから、ソードさんのお付の方々と一緒に座らせ
て貰いましょう。あの、どうぞこちらへ」
ハヤブサは和寿達に自分と一緒に来る様に促した。
「そうですね、じゃあそうさせて頂きましょう。君達は向こうの席で、ハヤブサさんとお話していて下さい」
ソードは何かカスミが訳ありだと感じた。
「はい、分かりました。あ、あの、奢るのは、えっと……」
ソードもカスミも奢ると言っているので、和寿はちょっと混乱していた。
「はい、私が全員の分をお支払い致しますからご安心下さい。その代わりと言ってはあれですが、ソードさんに
は私の質問に答えて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
カスミの目は真剣だった。
「成る程、一種の授業料ですね?」
「そういう事になりますわね。あの、そういう事ですので皆さん遠慮なさらずに、どうぞご注文して下さい」
カスミのその言葉で、ソード達の腹も決った。この際、奢って貰う事にしたのである。
「それじゃあ、私はコーヒーで。昼食はもうホテルの部屋で食べたものですから」
ソードは予定通り、コーヒーだけを注文した。
「あの、私だけ食べて申し訳ありませんけど、スパゲッティを注文してしまいましたので、宜しいでしょうか?」
カスミは一々丁寧に断ってから、食事に入った。その途中で、少し手を休めて、ソードに質問を始めたので
ある。それは予想外の事だった。