夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ほ、本当にやるお積りなのですか? ああ、いや失礼」
 晩秋は彼独自の直感から危険な香を感じ取っていた。理想を追い掛け過ぎて失敗する事は良くある事だか
らだ。

「はい、現在向こうのマッサーズシティに、学校を建設中です。ただ小さな学校です。児童総数百五十名程度。
一応日本の6・3・3制とその前後とを合わせて、先ほど言った様なクラス分けにして行く予定なのです。
 一番下がA組、一番上がO組で全部で十五のクラスです。アルファベット順にしています。数字だと直感的に
順序が分かり易過ぎて、劣等感を植え付ける事になりかねませんから。
 ついでに申し上げておきますと、各クラス十人位で、全員が複数の学年にまたがっていて、全てが良く出来
る生徒や、その逆に出来ない生徒は受け入れない予定なんですよ」

「ほほう、ユニークと言えば実にユニークですが、そう上手く行くものですかね。最初はそうであっても段々差
が付いて来たりしませんかねえ。
 しかもクラスで一番体の大きい子は、小さい子を支配する事になったり、逆に苛められたりしませんか? ど
うもその点に不安を感ずるのですが」
 信念は信念教団の学校経営にも携わっている経験から、本心で心配して言ったのである。

「はい、その点は十分に留意いたしますから大丈夫です。じゃあ、逆にこちらから言いましょう。現在の日本の
制度の学校でならば苛めは無いのですか? そうではないでしょう? 殆どの学校で苛めがある。
 何故でしょうか? それは正に歪んだ教育制度にこそ問題があるからです。これは失礼を承知で申し上げる
のですが、信念教団で経営されている学校では苛めが無いのですか?」
 ソードは厳しい姿勢で信念に迫った。

「……ううむ、正直に言えば、苛めが無いとは言えませんね。信念教の信者だけの学校であるのにも拘らず、
何故か苛めが後を絶ちません」
 信念は苦しそうに言った。

「正直に言って下さって、本当に有難う御座います。もう一度言いますが、同一の年令の生徒は同一の学年
であるべきだという発想こそが、苛めの温床だと思っています。
 年令が同じだからこそ、成績の差がより顕著に響いて来る。プレッシャーがより大きいと思います。しいて言
うなら私達のやり方は昔の寺子屋みたいなものです。寺子屋には大きい子も小さい子もいましたから。それで
結構上手く行っていたと聞いています。
 具体的に学校での授業の仕方をお話しすると、全員がカルテを持っていて、一時間毎にそのカルテに従っ
てクラスを変えます。苛めが発生するのは同じクラスに同じ生徒がずっと居ることも原因の一つです。
 頻繁にクラスメートが変るので、いじめっ子のグループが出来る確立は相当に減ります。それも狙いの一つ
なのです。
 ただし、クラス対抗の運動会や学園祭は存在しません。何度も言いますが、私共の学校では日本式のクラス
という概念そのものが無いのです」

「フエーーーーッ! こりゃあ、おったまげました! クラスが無い学校ですか。そりゃあ日本じゃあ許可されま
せんわな。しかし何と無く分かって来ましたよ、教育に対する熱の入れ方が半端じゃないってことがねえ。こりゃ
応援するしかないですね! まあ、月並みですが頑張って下さいよ!」
 晩秋は驚嘆すると共に、大いに感じ入って、ソードを励ました。

「有難う御座います。最初から上手く行くかどうか分かりませんが、来年の九月開校の予定です。当座は現地
のSH教の信者の方のお子様方が中心ということになりますが、日本からも留学の形で募集する事になると思
いますので、宜しくお願い致します。
 ああ、何だかしかし私共の学校のコマーシャルみたいになってしまいましたね。どうもこれは失礼致しました。
ははは、つい熱が入ってしまいました。申し訳御座いません」
 ソードはかなり深々と頭を下げて詫びた。

「いやあ、何だか目からうろこが落ちた気が致します。クラスに拘る事が問題だった。言われてみればその通
りかも知れません。クラスメート、同級生と言うと、その響きやイメージの良さだけ思ってしまうのですが、諸悪
の根源にもなっているという事には全然気が付きませんでした。しかしそうなると高校野球も無くなるのです
かね? それはそれで寂しい様な気もするのですが……」
 信念は現状の学校制度は善悪両面持っていて、曰く言い難い部分がある事を感じていた。

「うーん、確かにそうですよね。毎年の様に学校内での、まあ、学校の外でも大変な事件がある。現在の学校
制度ではそれを無くする事は確かに不可能だわな。でも惜しい気もしますよね。良い所も沢山あると思います
からねえ」
 晩秋は信念にも気を配った。

「はははは、話題を変えませんか? ちょっと自己宣伝が過ぎましたので……」
 ソードはまだ言いたい事もあったが、遠慮した。余りにも一方的に自分の方の言い分ばかり主張したのでは、
逆にイメージダウンになるとも思ったからである。

「そうですか、それでは時間も迫ってまいりましたので、ソードさんの教育論はひとまずここで終るとして、信念
さんの方のユニークと言われる宗教論について是非聞いておきたいですね。
 私ちょっと不勉強でして、単なる新興宗教団体と思っていたのですが、そうではないのですね。教祖と言われ
る方は、二百年以上前の方で御座いますね。句渡利信念(くわたりしんねん)という方で、それ以来代表者の
方は、苗字は変っても、名前は必ず信念という名を名乗られる。
 こんな事を言ってはあれなんですが、資料にざっと目を通した感じでは、普通の宗教という感じです。しかし、
現代表者の石淵さんは、なかなかユニークと言うか、一人一宗教ですか? 今一つ良く分からないのですが、
どういうことでしょうか?」
 晩秋は残り時間が少なくなって来たので、公平を期す為に、信念に最後を締め括(くく)って貰う事にした。

「はい、元々私共の宗教は、極めて個人主義的な宗教だったのですが、まあ、その為に、余り大きな団体に
なれなかった訳ですが、先進国は個人主義が浸透して来ています。日本でもそれは同じです。そこで思い切っ
て、規則的に緩やかな個人主義的宗教団体にしようと考えたのです」
「個人主義的宗教団体ですか? それは確かにユニークですね。普通小規模宗教団体の場合、何かと厳しい
戒律があるものです。厳しい戒律はお作りにならないのですか?」
 ソードも晩秋同様、最後は信念に締め括って貰おうと思っていた。

「いいえ、厳しい戒律はあります。ただその戒律をどうするかは私共の指導的立場の者と、相談して決めるの
です。古来、日本にも海外にも、様々な難行苦行が御座いますが、それが出来るのはほんの一握りの方のみ。
 それでは究極的に全ての人が救われる様な宗教活動は出来ません。そこでその人に最も相応しい戒律を自
分で考えて作って頂きます。
 ただうっかりすると身勝手な戒律に陥る恐れがありますので、指導者達が監修するという事になります。そ
れが一部の若者達に大受けとなって、信徒の数が急激に増えているということなのです。
 今までに無い斬新な宗教感があると思われたようです。特に受けようと思った訳ではないのですが、そのやり
方が何時の間にか、一人一宗教と呼ばれる様になったのです」

「ほほう、なあるほど、何ともユニークですねえ。それでその戒律にはどの様なものがあるのでしょうか? ち
なみに信念さんの戒律は何で御座いましょうか、お教え願いますでしょうか?」
 晩秋はいよいよまとめに入った。

「はい、もっともポピュラーなものは、禁煙です。人間しかし、本気になれば禁煙ほど容易いものは御座いませ
ん。相当に高い率で成功されています。
 さっき言い忘れましたが、一つの戒律が達成されても、それで終りでは御座いません。少しの休養期間の後、
新たな戒律にチャレンジするのです。
 例えば禁酒も御座います。今何かと問題になっているコンピューターゲームから、暫く距離を置きたいと申され
る方も御座います」
「えっ、暫くというと、期限付きなのですかい?」
 晩秋はちょっと驚いて言った。

「はい、そこが又若い人に受けるのでしょうが、禁酒一ヶ月とか、禁ゲーム半年とか、期限付きにするのです。
そうすれば我慢し易く、結局そのまま、我慢を続ける事が出来る様になるものなのですよ。
 それを一生タバコは吸わない! などと宣言してしまうと、逆にそれが今度はプレッシャーになって、意外に
続かないのです。それよりも出来る範囲で戒律を決める方が百倍も効果があります」
「成る程、それは上手い手ですね。参考になります」
 ソードも晩秋に合わせて話を終る方向に持って行った。信念も時間が切迫している事には気が付いていた
ので、自分でもまとめに入った。

「それから私ですが、禁酒、禁煙は宗教家として当然です。腹七分目に食事を取り、まあ、これも当り前の事で
すが、自身の戒律は、出会って名前を知り、話をした全ての人のお顔を記憶すること。特に信念教の信者全
員の顔と名前を一致させる事です。
 これが実はなかなか大変でして、我が信念教の信徒は、家族も含めれば全世界に二十数万人おります。そ
の全員を覚えようと努力しているのですが、全く努力不足でして、半数も覚えておりません。いやはや情けない
限りです」
 信念は本当に恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「いや、いや、いや、それは大変な事ですよ。難行苦行に十分に匹敵するじゃあありませんか!」
 晩秋は感嘆して叫んだ。
「いやあ、本当にそれは大変な事です。まして今はどんどん信者の方の数は増えているのでしょう?」
「はい、そうなのですが、代表者がこう不出来では、ちょっと、示しが付きません。しかし何としてでも覚える様
に、日夜努力している事は偽りではありません。
 ですが、私もそうそう若い訳ではありませんので、記憶力が徐々に落ちて来ておりまして、あああ、本当にお
恥ずかしい」
「いいえ、その姿勢が素晴しいのですよ。……それでは今日の対談はここまでと致しましょう。それでは皆様さ
ようなら」
「どうも失礼致しました」
「失礼致します」
 晩秋、信念、ソードは次々と別れを告げて、番組の収録は、バタバタと終ったのだった。

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