夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ソード選手を先導する、オートバイは二台あるのですが、やや戸惑いが見えますね。余りに速いスピードで、
勝手が違うのでしょうか?」
 アナウンサーは時折オートバイがソードにぶつかりそうになる事が気になった。しかし問題はそればかりでは
なかった。

「ありゃ、まだかなり距離はあるけど随分人が出ていますね。拙いですよこれは。このままだとオートバイとぶ
つかる。ソード選手が止められてしまう。交通整理はどうなっているんですか!」
 中継車からの映像を見て、米吉が怒鳴った。車は止められているのだが、車道に十数人、不良らしい男女が
たむろしたままなのだ。

「退(ど)きなさい!!」
 近辺を警備していた、陸連の関係者やボランティアで観衆の整理等をしていた者達が、大声で怒鳴ったが、
「煩(うる)せえ!! 何処を歩こうと勝手だろう!!」
 等とあからさまに反抗する者もあれば、
「アタシは眠いんだよ、急に眠気が差して来た!! あ〜あ、良い天気だなあ、……」
 等と言って道路の上に横になる者まで現れたのである。明らかに故意の妨害だった。

「こちらは警察機動隊大赤石俊哉(おおあかいしとしや)、マラソンランナーの先導車です、現地点から二百メー
トルほど先で路上を十数名が故意に占拠している。関係者の方々が説得していますが、応じない模様。直ちに
排除の応援頼みます」
 オートバイの警察機動隊員が路上占拠の排除要請をした。勿論前代未聞の事だったが、対テロ防止の為の
非常時要員がこんな時に役に立つ。
 今時、テロ対策無しでは何処の国もやっていけない。日本でも事情は同じで、大勢人の集まる場所や、マラ
ソンなどの比較的大きなイベントの時には、常にテロに備えての人員が随所に確保されていたのである。思い
も掛けずにそれが役に立ったのだった。

「ファン、ファン、ファン、ファン、……」
 何台かのパトカーがソード達を追い越して行った。路上にたむろしていた連中は、ギリギリまで粘って、パト
カー到着と同時に蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
 が、何人かは観衆等に取り押さえられて、威力業務妨害の現行犯で逮捕されたのである。だがその騒ぎの
為に、ソードは数十秒間の足止めを余儀なくされてしまったのである。

「これは誰かが故意にやらせたんじゃないでしょうか! 誰かは分かりませんがソード選手に嫉妬している連
中ですよきっと!」
 ソードが去った後で、現場をテレビ局のリポーターが取材すると、そんな声が複数の者達から上がったの
だった。

「全く酷い事をしますね。足止めは約三十秒間でした。折角つけていたソード選手と後続との距離が殆ど無く
なってしまいました。これでは全くソード選手が不利です。一体誰なんですかねえ、こんな事をやらせたのは!」
 アナウンサーは憤慨して言った。
「本当にねえ。あの連中が訳も無くあんな所に居るとも思えません。大方金で雇われたのでしょう。やらせた者
には厳罰を持って対処すべきです!」
 米吉も怒りをぶちまけた。

「足踏み状態だったソード選手、しかし淡々とした表情で再び走り出しました。ペースメーカーの四人が十メート
ル近くまで接近した状態から走り出しましたが、また猛スピードに戻りました。ぐんぐん差がついて行きます。
 今度はこの様な事が無い様に願いたいものです。どうやら、先ほどからは先導車の先に、更に先導車がつ
いています。不測の事態に備えての事だと思われます」
 アナウンサーはほっとしたのだったが、事はそれだけでは済まなかった。

「ああああ、何ですか、横前方のら男が飛び出してソード選手に体当たりをしようとしました!! ソード選手
が何とか逃れようと、道を引き返しました!!」
 中継を見ていた米吉は苦々しい顔で叫んだ。

 折り返し地点でソードが否応無くスピードを緩めた所に、またも妨害が入ったのである。幸いな事に暴漢は
直ぐ近くのマラソン関係者達に取り押さえられたが、また十数秒ほど損をする事になった。
 今回は三分以上の差があったので、追いつかれることは無かったが、好タイムは期待薄になった。二度も
妨害があれば十分である。
 集中力が途切れて、普通なら走れなくなるところかも知れなかったが、ソードは一瞬顔をしかめただけで、
再び気を取り直して走り続けた。

「何というマラソンでしょうか。一度ならず二度までもソード選手を故意に狙った犯行と思われます。これはれっ
きとした犯罪です!! 悪戯などではありません!!」
 アナウンサーはウンザリした表情で叫んだ。幸いな事にその後は妨害も無く順調にマラソンは続き、やがて
ソードが競技場に戻って来た。

「大歓声が湧き起こっております。今回は残念ながら二時間を切る事は出来ませんでしたが、二度にわたる
妨害にもめげず、二位以下に大きく差を付けて、今一着で、ゴーーーーール!!!」
 アナウンサーは大声で叫ぶと、
「うううう、ソードさん貴方は立派だ。良くぞ耐えられました!!」
 つい泣き出してしまったのだった。

「いやあ、本当に頭が下がりますよ。それに記録だって立派なものだ。二時間こそ切れなかったが、二時間二
分台の記録は、あれだけのアクシデントがあった事を考えれば、実質世界新記録に匹敵しますよ!」
 米吉もソードをべた誉めした。実際ソードに対する激励の電話やファックス、eメールなどが殺到したのである。
記録は出せなかったが、SH教の布教を第一と考える金森田のもくろみは見事に的中したのだった。

「先生お疲れ様でした。今日は酷い目に遭われましたね。ごゆっくりお休み下さい」
 ソードの付き人達はホテルに戻ると、口々にソードにいたわりの言葉を掛けたのだった。
「はははは、本当にちょっと参ったけど、しかし何とか無事に走れて良かったよ。今回で引退にして置いたのは、
何と無く正解だったな、と思えるよ。
 これ以上続けても、ろくな事が無さそうだからね。グットタイミングという所だな。それじゃあ、一眠りするから
後は宜しく頼むよ」
 ソードは今回は本当に精も根も尽き果てていた。

『更に記録を伸ばそうとして思いっ切りぶっ飛ばしていたのに、あんな妨害が二度もあっちゃ、堪らんよ全く!!
しかし妬む連中の気持も分からないではない。
 ううむ、しかし体がガタガタだ。早いとこ部品交換しないと拙いぞ。明日は早速教会本部に戻って、直して貰わ
ないとな……』
 そこいら辺りまで考えると、ソードは深い眠りに落ちて行った。色々な夢を見た筈だが、その夜の夢は記憶に
残らなかった。

「今日は歩くのがしんどい。悪いんだが車椅子にして貰えないか?」
 翌朝のソードの言った言葉に付き人達は、大いに驚いた。
「先生、だ、大丈夫なのですか? お医者様をお呼びしましょうか?」
 白金アザミは青くなって言った。

「はははは、その心配は要らないよ。それに私の体は前にも言った事があるかも知れないが、教会の医者で
無いと上手く治療出来ないんだよ。
 今回は随分無理をしたからね。これはここだけの話だけど、金森田代表に是非にと言われて断れなかった
んだ。
 まあ、今回限りで一応引退という事にして貰う代わりに、ハードスケジュールをこなしてくれと言われた。だか
ら歩けないほど疲れ切ってしまう事も、一応は織り込み済みなんだよ。休みさえすれば回復するから大丈夫」
 ソードはそれと無く金森田の無謀さを仄(ほの)めかしたのである。

「金森田代表が言われたのですか?」
 付き添いの一人大山田宗徳が顔をしかめて言った。
「でも、幾らなんでも余りですわ。ソード先生がタフだからと言って、ここまでの酷使はちょっと酷いです」
 アザミは金森田を批判した。
「金森田代表はソード先生を潰すお積りなのですかねえ……」
 若川原和寿は厳しい表情で言った。

「ああ、いや、金森田代表にもお考えあっての事なのでしょう。兎に角、車椅子を頼みます。その、押して貰わ
ないと困るのですがね、はははは」
 ソードはちょっと冗談めかして笑いながら言ったが、燻ぶっていた、ソード派と金森田派がここに来て一気に
対立する恐れが出て来たのだった。
 既に大勢は決して、ソード派が絶対有利ではあるのだが、殆どのSH教の信者は無論、神のマシンの事など
知らない。金森田がソードと摩り替わってしまう陰謀を廻らしている事など知る良しも無いのだ。

『上手く金森田をSH教から追い出せれば、わざわざ殺す事も無いかも知れない。……いや、何処かで口を封
じなければ、神のマシンやら何やらをべらべらと喋られては困るな……』
 車椅子に座って、是非自分にと言うアザミに押して貰いながら、ソードは頭の中ではそんな事を考えていた。
『それにしてもここまでガタが来るとは思わなかった。少し歩くと直ぐ機械の様な、非人間的な歩きになってし
まう。痛みは無いけど今朝は本当に驚いたよな。
 マラソンの妨害のせいと言うより、三日連続のハードな競技に出場したからに決っている。金森田の野郎を
早く何とかしないと、今度はどんな無理難題を言ってくるか分からないぞ。
 だけどあれだな、この頃俺と余り顔を合わせないのは、色々な事に気が付き始めているからかも知れない
ぞ! 例えば俺が、神のマシンに乗ろうと企んでいる事や、あいつを殺そうとしている事も。遅くとも年内には
あの男を始末しなくては拙い!』
 ソードは金森田の殺害を年内と決めたのだった。

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