夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 車椅子の痛々しいソードの様子はマスコミの知るところとなり、大々的に報道された。本来ならば新幹線で戻
る予定だったのだが、過熱するソードの人気は、大勢の人が押し掛けて来て、まともに道を歩けないほどだっ
たので、仕方無しに、車で帰ることとなったのである。
 それでもしつこく報道関係の車や果ては何機ものヘリコプターで彼は追い掛けられたのである。無事に教会
に着いたものの、報道陣は何とかして建物の中に潜り込もうと、急遽SH教に入信する者すら現れたのだった。

「お帰り下さい、ここから先はSH教の信者の方であっても、許可無く入れません!」
 教会のいたる所に元からの信者を多数配置して、不審な者の侵入を阻むのに大童だった。車椅子は途中か
ら連絡を受けた研究員がアザミに代って押した。

「アザミさんどうも有り難う。宗徳君、和寿君、車の運転有難う。ゆっくり休んで下さい。じゃあ、申し訳ないが失
礼するよ」
 ソードは付き人達に何時もにまして丁寧に礼を言った。マスコミ関係者を始めとして押しかける群衆から逃れ
る為に彼等も大変だったのだ。
「先生こそお体にお気をつけられて……」
 付き人達は心配そうにソードを見送った。ソードは研究員に車椅子を押して貰って、常時入り口に見張りが
二人付く様になった部屋に入って行った。中に何があるのか、付き人さえ知らない部屋である。

「先生大丈夫かしら?」
 ソードの姿が見えなくなると、普段仕事をしている情報管理室に戻りながら、アザミが如何にも心配そうに
言った。
「そうだな、……しかしどうして俺達は先生と一緒に中に入れないんだろう?」
 宗徳は初めて不満を言った。

「そうだよな、我々は先生の付き人だぞ。先生の為だったら、何時でも死ぬ覚悟がある。もし都合が悪い事が
あったとしても、言うなといえば、絶対にそれこそ口が裂けたって言わない。俺達は信用されていないのかな。
だとしたら寂しい限りだ。あああ、何か面白くないな」
 和寿も一緒になって不満を言った。

「……そうねえ、それにあの研究員の人達って何なのかしら? かなりの人数が居るみたいなのよね。十人、
二十人、いいえもっと多い気がする」
「これは噂なんだけど、百人以上は居るらしいよ」
 アザミの疑問に答える様に宗徳が不確かな情報を提供した。

「百人以上! 俺は数十人程度だと思っていたけど、もしそれが本当だとして、一体何の研究をしているんだ?
 先生の体の健康管理だけだったら、数人か多くても十人程度で済むと思うけどね。何の研究なんだろうね? 
前から不思議だったんだけどね……」
 和寿も前々から疑問に思っていた事を話した。しかしそれ以上は進展も無く、大橋メグミや助乃川栄太郎が、
今後のソードのスケジュール等を計画或いは調整するのに忙しい、情報管理室に入って行った。

 そこでは、ソードのスケジュール管理ばかりでなく、電話の応対や手紙、葉書、eメール等の処理に追われて
いる。
 ソードの人気が高まるにつれて送られてくる手紙やeメールの類が増え、毎日数万件の何らかの情報が送ら
れて来るので、現在では人員を更に二十人ほども増やしていた。

 それらの種々の情報の中には、悪意のある悪戯や、誹謗中傷、更には時限発火装置や毒物等の犯罪性
の極めて強いものまである。
 直接ソードに渡すのは危険だと判断して、現在では全て事前チェックが行われているのである。従って実際
にソードに手渡される手紙の類や、見て貰えるパソコン、ケータイのメール等は日に数十件程度だった。

 元々は小さな部屋だったのだが、今ではかなり広い部屋が割り当てられ、種々の情報機器が揃っている。
大半がリアルタイムでやって来る電話の応対に汗だくになっていた。
 余りに掛って来る電話が多いので今は時間制限をしている。普通の会社等と違い、教会なので応対に当る
のは全員SH教の信者である。
 信者は本来電話番ではないので、健康面を考えて、午前九時から午後五時までの受付、他の時間は留守
番電話で対応していた。

 今はもう深夜なので、情報管理室にはさほどの人員は居なくなっているが、eメールに目を通す為にそれで
も七、八人位は残っている。
 何か割り切れない気分で、ソードの今日の付き人だった、アザミ、和寿、宗徳は明日からのスケジュールの
確認の為、明々と明かりの灯るその部屋に入って行った。

「ただ今!」
 一応声は掛けたが、三人はやや元気なく部屋に入ったのである。
「お帰り! ご苦労様だったわね。今日は色々な事があって大変だったでしょう」
 大橋メグミが労(ねぎら)いの言葉を掛けた。
「ホットコーヒーを入れようか?」
 助乃川栄太郎はもうカップに粉末のインスタントコーヒーを入れて、お湯を注ぐ寸前だった。

「お願いします」
「ああ、俺も」
「私も貰いましょう」
 アザミ、和寿、宗徳は直ぐ了承した。考えてみるとマスコミの連中やソードファン達に追われて、かなりの長時
間一滴の水も飲んでいなかったのだ。

「さあ、どうぞ。今日は遅いから、ざっと明日のスケジュールを話してお開きにしようと思いますが、本当にご苦
労様でしたね」
 栄太郎はテーブルの上に五人分のコーヒーを置いて、自分も座ってコーヒーを啜りながら話した。

「あーーーっ、美味しい、生き返ったわ。でもねえ……」
 ソードに付き添っていた三人はコーヒーを美味しそうに啜りながらも憂鬱な表情だった。
「元気が無いですね、はははは、疲れましたか?」
 栄太郎は気楽な感じで言った。

「いや、そうじゃないんですよ。どうにも府に落ちない事があって……」
 宗徳が言うと、
「府に落ちない事って何かしら? マラソンの時の妨害の事?」
 メグミが即座に返した。

「いや、その、どうして俺達は、先生と一緒に、教会の中では居られないのかって事ですよ。さっき車椅子で先
生をここまでお送りした時も、結局は何時もの部屋の前までです。
 親しげな感じで先生は研究員の人に、車椅子を押して貰って入って行きました。私達は何故それ以上先に
進めないのでしょうか?」
 和寿は悔しそうに言った。

「あああ、言われて見れば確かに。何か秘密があるんじゃないかな? 誰にも明かせない様な……」
 栄太郎は他にも人がいるので少し声を潜めて、常識的なことを言った。
「しかし我々は付き人ですよ。先生の親衛隊みたいな、いやそれ以上の存在だと自負しています。どんな物凄
い秘密があったとしても、我々がそれを口外する事は有り得ない。
 いざとなったら何時でも死ねます。その事は先生も良くご存知の筈。それでも明かせない秘密ってそんな事
があるのでしょうか?」
 宗徳も声を潜めながら、不服そうに言った。

「直接聞いてみたら?」
 パソコンの前に座っていた若い女性が振り向き様そう言った。比較的近い所に座っていたので聞こえたのだ
ろう。
「菱目川さん、貴方自分の仕事をしたら?」
 メグミはムッとして言った。
「一段落付いたから良いでしょう?」
 席を立って来て言った、菱目川吉野は駅前の総合ビル『デ・アリータ』にある、軽食喫茶店『マリナー』を林谷
昇に毒づいて首になった女性だった。頗る気の強い女性である。

「しかし、ソード先生に直接聞くというのは、ちょっと……」
 和寿がそこまでの度胸はない、と言わんばかりに言った。
「ふふふふ、弱気ねえ。皆さんソード先生に命を掛けているんでしょう? もし仮によ、『けしからん、死ね!』って
言われたら死ねば良いじゃない。もしかして皆さんが聞けないんだったら私が聞きましょうか?」
 吉野は平然と言った。

「馬鹿な! 良し、それだったら私が聞きましょう。……死ぬ覚悟は出来ている!」
 栄太郎が相当の決心で言った。七割方死ぬ気でいる。
「いや、それはその、私が聞くべきでしょう。ソード先生の一番弟子である私が聞くべきです。勿論何時でも死ね
ますから」
 和寿がやはり死ぬ気満々で言った。

「もう、死ぬ死ぬって、付き人の人が死んだらソード先生が困るでしょう? 私ねえ、母一人子一人で、その母
が今年の春に死んじゃって、今は一人きりなのよね。
 まあ、自分でもちょっと口が悪いかなって思うけど、それが災いして、何処に勤めても長続きしなくってね。ど
うにもならなくて、ここに来たんだけど、そろそろ年貢の納め時かも知れないわね。まあ私に任せて、グッと感
情を殺して、可愛く聞いてみますから、えへへへ」
 吉野はちょっとおどけて言った。

「うーん、どうする? いざとなったら私は聞く度胸が無いね。死ぬ事は怖くないけど、先生に不快に思われる
のは堪らないですよ」
 宗徳は冷静に言った。

「そうねえ、私は死ぬ事より、ソード先生に嫌われる事が嫌だわ。ここは糞度胸のある菱目川さんにお願いし
ようかしら?」
 アザミは微妙な言い方をした。
『悔しいけど、ここは仕方が無いのよね。同じ死ぬにしても先生に愛されて死にたいわ。聞いて愛されるんだっ
たら幾らでも聞くけど、嫌われそうだものね……』
 アザミの思いは付き人全員の思いだった。

「………………」
 暫し沈黙が続いた。
「じゃあ、決まりね。それじゃあ折をみて聞いてみますから、明日にでもね。ふふふっ。じゃあ仕事を続けるわね」
 吉野はケロッとした感じで言って、再びパソコンの前に座った。そして何事も無かったかの様に仕事、膨大な
メールのチェックを再開したのである。

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